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秋田出身の阿部さん、単独徒歩で南極点到達 日本人未踏ルート、無補給はならず「悔しい」

昨年11月、南極に向けて成田空港を出発する前に旗を掲げる阿部さん(人力チャレンジ応援部提供)

 秋田市出身の冒険家阿部雅龍さん(36)=東京都=は17日(現地時間16日)、南極の海岸からの距離が918キロある日本人未踏の「メスナールート」を単独で55日間歩き、南極点に到達した。サポートしてきた人力チャレンジ応援部(神奈川県大和市)に同日午前、阿部さんから衛星電話で連絡があった。当初は無補給での踏破を目指したが、大雪で距離が伸びず食料の補給を受けた。
 阿部さんは、南極のベースキャンプから飛行機でスタート地点のロンネ棚氷に移動し、現地時間で昨年11月23日に海岸を出発した。
 大雪で食料やテントなどを積んだ重さ約110キロのそりが進まず、目指していた無補給での踏破は12月下旬に断念。スタートから31日目に補給を受けた。
 人力チャレンジ応援部によると、阿部さんは飛行機で南極点からベースキャンプに移動。チリ経由で今月22日ごろに帰国する予定。
 阿部さんは秋田大在学中に冒険活動を始め、これまでに北極圏を3回にわたる単独徒歩で計2000キロを踏破した。1910〜12年に日本人初の南極探検を行ったにかほ市出身の白瀬矗(のぶ)(1861〜1946年)が断念したルートをたどって南極点に向かう「白瀬ルート」の踏破を最終的な目標に掲げる。

 南極点に到達した阿部雅龍さん(36)がフェイスブックなどで公開した日記には、想定外の大雪に苦戦する様子がつづられている。
 積雪はスキー板を外した足が25センチ埋まるほどだった。現地時間で昨年12月13、14日(出発から21、22日目)には「全力で引いても(そりが)動かず、前のめりに何度も顔から転ぶ」と書き込んだ。1日20キロのペースで進めば40日でゴールに到達できると見込んだが、数キロしか進めない日もあった。
 食料が足りなくなり、12月23日(31日目)に補給を受けた。無補給でなくなる上、南極での食料補給は高額の費用がかかる。「追加の食料を取ろうとする手が震える。たまらなく悔しい」と思いを吐露した。
 一方で、今回の目的は白瀬ルート踏破の礎にすること。「未来のためにすべき決断がある。絶対に行くんだ南極点!」と気持ちを切り替えた。
 その後は1日の行動時間を11時間まで伸ばし、距離は25キロ前後と順調に進んだ。標高2850メートルの南極点に近づくにつれて気温は下がり、「体感でマイナス40度。左ほおが凍傷でドス黒くなった」と書いた。
 さらに疲労はピークに達した。今月9〜11日(48〜50日目)は「テントから出るのがつらい。目に見えて体重もやせた。そりは初めよりむしろ重く感じる」と弱音を漏らす。
 ゴール後の書き込みは「永遠に思えた孤独の時間も終わる。目頭が熱くなる」と安堵(あんど)の様子を伝える。「今は泣いちゃダメだ。うれし泣きするのは白瀬ルート達成後まで我慢すると決めている」と早くも次の目標を思い描いた。


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2019年01月18日金曜日


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