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<安住の灯 震災列島に生きる>第1部 8度目の冬(2)漆黒の闇 寂しさ募る

部屋に戻り、飼い猫を抱くヨシさん。仲の良い入居者はみんないなくなった=宮城県石巻市大橋1丁目

 周囲に明かりがともる家はなくなった。団地の通路には退居者が捨てた三輪車や空き瓶、スプレー缶が散乱し、風に吹かれて寂しげな物音を響かせる。
 石巻市のJR石巻駅から北東に約1キロの大橋仮設住宅。吉田ヨシさん(82)は一人、飼い猫「まりちゃん」との暮らしを続ける。
 地域に伝わるだて巻き入り雑煮を窮屈な台所で作るのは慣れたが、新年のあいさつを交わす住民はほとんどいなくなった。
 市中心部の田道町にあった自宅は約1メートルの津波に襲われ、全壊した。親戚宅を転々とし、震災2カ月後の2011年5月、仮設に入った。540戸が整備され、市内2番目の規模だった団地は現在、26世帯36人にまで減った。
 「人けが消え、夜は怖くて外に出られたもんじゃねえ」とつぶやくヨシさん。サッシに鍵が掛かったかどうか、何度も揺らして戸締まりを確かめるのが就寝前の日課になった。漆黒の闇に包まれる生活の出口は、いまだに見えない。

 「これから一体、どうすんだ」。昨年12月中旬の夕方、4畳半の居間でヨシさんと次男正弘さん(51)、親戚らが向き合った。椅子に積み上げられた新築物件のパンフレットを前に、身の振り方を決める家族会議は翌午前2時まで続いた。
 正弘さんは震災前までヨシさんと同居し、今は市内の別の仮設に暮らす。住宅再建に向けて17年10月、集団移転用地として市内に造成された「あゆみ野」の1区画を貸借契約した。
 親子が再び一緒に住む日は近づいていたが、程なく正弘さんが仕事中に脚を骨折。長期入院とリハビリで、仮住まいから抜け出すめどが立たなくなった。仮設解消を急ぐ市の担当者から今月、災害公営住宅の募集申込書が示された。「早く提出してほしい」と決断を迫られている。
 「借りてる土地代がもったいねえ。災害公営でも構わねえぞ」とヨシさんが気遣う。正弘さんは「新築の方が経済的だ」と一戸建ての資金を工面する考えだが、同じ屋根の下に引っ越せる時期は見通せない。
 市内では仮設住宅からの退居が進み、ピーク時に1万6788人いた入居者は今月1日時点で229人(1.4%)に減少。退去せずに19年度以降も仮設に残る「特定延長」の対象者はわずか28世帯となる。

 転居時期が決まらないヨシさんにとって、毎週火曜日に団地内の集会所で開かれる「お茶っこ会」が唯一の楽しみだ。仮設住宅の集約化に伴う転居者の孤立を防ごうと、市内の被災者でつくる一般社団法人「石巻じちれん」が17年1月に始めた。
 今月8日にあった年明け初のお茶っこ会。「よく来てくれたね」と、団地の自治会長だった山崎信哉さん(82)がヨシさんを出迎えた。茶菓を囲んで近況を語り合い、輪になって「石巻復興節」を踊るなどし、2時間を過ごした。
 参加した20人のうち、ヨシさんを除く19人は既に団地を退居した元住民。数少ない交流の場は、仮設入居者の参加が減ったため3月の開催が最後になる。
 「みんないい人ばっかり。終わってしまうなんて嫌だなぁ」。再建した自宅や災害公営住宅への家路に就く人たちの背中を見送ったヨシさん。猫が待つ静かな部屋に一人、帰る。


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2019年01月22日火曜日


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