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「昔は踏切があったとさ」 仙石線の記憶を後世に

案内人の会のメンバーらが参加して開かれた平板のお披露目会=16日、仙台市宮城野区五輪2丁目

 2000年に地下化された仙台市宮城野区のJR仙石線仙台−陸前原ノ町間の廃線跡で、かつて踏切があったことを示す平板の設置を区が続けている。設置を要望してきた市民団体の会員らは「仙石線が地上を走っていたことを語り継ぐきっかけになるといい」と話す。
 宮城野区五輪2丁目の太田見踏切跡で16日にお披露目会があり、区内の市民団体「宮城野原案内人の会」の会員や住民らが平板設置を祝った。あいさつで小林仁区長は「踏切があった歴史を振り返り、まちづくりの未来を見つめてほしい」と意義を強調した。
 平板は縦、横各60センチ。セラミック製で「この踏切は、仙石線の地下化により、平成12年に廃止されました」などと記されている。
 仙石線は仙台駅東第二土地区画整理事業の一環であおば通(青葉区)−陸前原ノ町間が00年に地下化され、地上線の踏切14カ所が廃止された。案内人の会などの要望を受け区は16年、平板の設置を始めた。
 本年度に宮城野区が設置した平板は、太田見踏切跡と荒浜街道踏切跡(五輪1丁目)の2カ所。21年度までに宮城野踏切跡(同)など5カ所に設置を予定している。残る7カ所は16年3月に設置済み。
 案内人の会は年8回ほど区内を歩き、歴史の継承に取り組んでいる。会長の矢吹保夫さん(78)は「仙石線が地上にあった当時のことを分からない人が増えているように感じる。今後も仙石線の歴史について語り合い、人々の記憶に残るようにしたい」と話した。


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2019年01月23日水曜日


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