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<安住の灯 震災列島に生きる>第1部 8度目の冬(3)子が成長 窮屈さ増す

物がひしめく仮設住宅で、7年半も窮屈な暮らしを強いられている貝山さん一家=岩手県陸前高田市竹駒町

 天井近くの棚に電気ポット、鍋、縫いぐるみなどが押し込まれ、視線を下げれば突っ張り棒に衣類がひしめく。畳には収納ボックスに入りきらないノートやプリントがあふれる。
 「7年も8年も住む所じゃない。風通しも悪い。早い話、プレハブ倉庫みたいな立て付けなんだろう」
 岩手県陸前高田市の滝の里仮設住宅にある介護職員貝山隆三さん(70)宅は、入居から7年半に及ぶ生活でたまった物が積み重なり、パンク寸前だ。
 4畳半2部屋と台所の2DK。フィリピンから嫁いだ妻ハイディさん(50)、高校1年の長男淳平さん(15)、中学1年の長女春香さん(13)の4人で暮らす。台所で3歳の柴犬「コロ」が盛んにほえる。

 東日本大震災が起きた2011年の夏から、同じ部屋に住む。居間の壁に子どもの背丈を記した鉛筆の跡。震災時に小学生だった淳平さんは170センチを超えた。「初めは狭くてもしのげたが、どんどん体が大きくなる。勉強机を置く場所がないのさ」。隆三さんは困り顔を浮かべる。
 きょうだいが勉強する時は畳にノートを広げたり、脚を畳んだ小さなテーブルを膝に乗せて即席の机にしたり。「1人の方が集中できるけれど、みんな同じ部屋にいるから」と春香さんがこぼす。大学進学を目指す淳平さんは、図書館に足を運ぶ回数が増えた。
 部屋が欲しいとせがまれるが、なすすべがない。もう一部屋は物置状態で使えない。「思春期の子が同じ部屋にいるのは大変だよな」。隆三さんの胸が痛む。
 物で満杯の居間の一角にはカトリック信徒のハイディさんが祈りをささげる祭壇、隣に4人分の布団がある。夜は体をぶつけ合いながら川の字で眠る。
 台所での食事で使うテーブルは3人で囲むのがやっと。床からの高さは約30センチで子ども用椅子に身をかがめて座る。冬に煮炊きすれば天井の結露がひどく、小さい窓で換気もままならない。「ストレスがたまって調子が悪い」とハイディさんがため息を漏らす。妻の血圧の記録を見た隆三さんが「高いな」とつぶやく。

 窮屈な暮らしは当面続く見通しだ。陸前高田市気仙町にあった自宅は津波で流された。自宅跡近くに家を再建する考えだが、土地区画整理事業の造成工事が遅れ、土地の引き渡しは今年3月までずれ込んだ。
 滝の里の団地は、市内各地の仮設が順次閉鎖されるのに伴い、集約先となった。全86戸にいまだ約50世帯が不自由な暮らしを強いられている。自治会長を務める隆三さんは「2、3年で土地が引き渡されると思っていたが、延び延びになった」と不満を募らせる。
 震災後、市内の介護施設で働き始めた。年末年始の休みもなく、70歳になった今も仕事に汗を流す。玄関に正月飾りを掲げる心の余裕はない。初詣などの新年行事からも遠ざかった。
 「ただでさえ自宅再建に資金が要るのに、東京五輪の影響で建築資材や人件費も相当上がっているんじゃないか。俺たちはオリンピックどころじゃねえ」
 新築費用に子どもの進学、日々の生活資金。長引く仮設暮らしで疲弊した隆三さんの両肩に重荷がのしかかる。今後の生活をどう支えていくか、課題も積み重なっている。


関連ページ: 岩手 社会 安住の灯

2019年01月23日水曜日


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