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<安住の灯 震災列島に生きる>第1部 8度目の冬(6)木造仮設 重ねた歳月

空き家の木造住宅が軒を連ねる団地内を、飼い犬と散歩する柳下さん。内陸の冬は通路の雪かきも欠かせない=岩手県住田町下有住

 無垢(むく)のスギ材を使った外壁は風雨で黒ずみ、マツのくいが打たれた基礎や水回りは腐食が目立ってきた。室内に漂うほのかな木の香りが、新築時の名残をわずかにとどめる。
 東日本大震災で行方不明者を含む1760人が犠牲になった陸前高田市から、約20キロ北の内陸部にある岩手県住田町。町役場からさらに約10キロ山あいに入った中上仮設住宅には、今も被災した7世帯が暮らす。
 「一戸建ての木造はプレハブと違って窮屈さがなく、厳しい寒さに困ることもあまりなかった。長く受け入れてくれた町には感謝しかない」。仮設団地の自治会長を務める柳下八七さん(68)は7年7カ月に及ぶ仮住まいをかみしめる。
 元陸前高田市職員で震災が起きた年の3月、定年退職を迎える予定だった。市中心部の高田町にあった築9年の自宅は津波で全壊。住宅ローンが1000万円以上残っていた。
 勤務を3カ月間延長し、避難所向け救援物資の振り分けや配送などに奔走した。その中で、家族3人と7歳だった愛犬の「銀平」が当面暮らす場所として、住田町への転出を選択した。

 木造仮設は旧小学校の校庭に立つ。災害救助法に基づく各地のプレハブ仮設と異なり、町が法の枠外で独自に整備した。混乱で復旧もままならない被災地を後方支援するため、前町長の多田欣一さん(73)が地元業者に協力を呼び掛け、受け入れの指揮を執った。
 専決処分で予算を確保し、中上(63戸)をはじめ、町中心部に本町(17戸)と火石(13戸)の3団地を約2カ月間で建設した。1戸当たりの費用は約340万円。公営住宅法を適用して対応し、ピーク時は陸前高田市を中心に99世帯、261人が身を寄せた。
 「仮設入居は原則2年だが、復興に最低5年はかかると思い、しっかりした住まいを早期に提供する必要があると考えた」と決断を振り返る多田さん。「ただこれほど長引くとは。建設時の想定を超えていた」

 がれきの撤去後、広大な更地になった柳下さんの自宅周辺は、大規模なかさ上げ工事で戻れる時期が見通せなくなっていた。町内会の知り合いには他地区に出て行く人も。一時は、兄が所有する気仙沼市の住宅への引っ越しを考えた。
 妻のるい子さん(65)は「県境を越えるのはためらいがあった。古里に戻りたい気持ちは捨てられなくて」と話し、先行きの見えない毎日をじっと耐えた。
 土地区画整理事業で新たに宅地化された陸前高田市気仙町への移転を決め、土地引き渡しを受けたのは昨年春。標高125メートルの山を45メートルまで削り、巨大なベルトコンベヤーで土砂を運び出して造成された高台だ。
 住宅再建に伴う公的な支援は400万円で、再建費用の4分の1にも満たない。建物の面積は27坪。かつて暮らした自宅の半分に抑えた。眼下には、当時の面影が消えた高田町の風景がかすんで見える。
 住田町は既に、仮設の入居期限を2020年3月とする方針を示している。柳下さんの新居は今月中に完成し、震災8年の春には引っ越しを終える予定だ。
 「仮設が解消される日を見守る覚悟でいたが、まだ身の振り先が決まらない人もいる」。柳下さんの胸に複雑な思いが去来する。


関連ページ: 岩手 社会 安住の灯

2019年01月26日土曜日


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