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小笠原諸島と陸前高田、藩制時代に生まれた絆 遭難船生還記を絵本に、乗組員助けた島民の実話語り継ぐ

完成した絵本を手に友好を確かめ合う及川さん(左)と平賀さん

 藩制時代に遭難して小笠原諸島(現東京都小笠原村)に漂着した仙台藩領小友村(現陸前高田市小友町)の商船を巡る物語が、絵本になった。乗組員を助けて無事に帰還させた島民たちの実話を語り継ごうと、小笠原村の有志でつくる実行委員会が1200部を制作。交友の証しとして両市村の小学生らに配布した。

 小友村の商船「中吉丸」は1839年11月、江戸に海産物を届ける途中で嵐に遭い、約1300キロ離れた小笠原諸島の父島に漂着した。
 当時の小笠原諸島は日本に属しておらず、捕鯨のためにハワイ諸島や米国本土から移住した人々が暮らしていたとされる。乗組員6人は2カ月ほど滞在。島民の協力で船を直し、日本へ帰り着いた。
 絵本は昨年、小笠原諸島返還50周年記念の自主事業で制作した。実行委のメンバーが古文書に当たり、乗組員や島民の子孫に取材してまとめた。新たに中吉丸が父島にたどり着くまでの足跡も判明したという。
 商船の漂着から170年後の2010年には、陸前高田市と小笠原村の交流が始まった。乗組員や島民の子孫が相互訪問し、キリスト教の伝道書、べっ甲のかんざしなど乗組員が島から持ち帰った品々の里帰り展示会も開かれた。
 東日本大震災では、これらの貴重な資料も津波で流失。それでも島からボランティアが駆け付けたり市内の児童に激励の手紙を届けたりして両市村の結び付きは一層強まっている。
 19日には陸前高田市に住む乗組員の子孫らに完成した絵本が届けられた。中吉丸の船主から数えて5代目となる及川庄八郎さん(85)は「乗組員が無事に帰ってきたからこそ今がある。交流が続き、感無量だ」と感謝した。
 絵本はB5判で28ページ。タイトルの「アロウハ」にはハワイ語で「思いやり」や「調和」の意味が込められている。村の実行委員長平賀洋子さん(77)は「絆の大切さを伝える物語が、100年後も生きていてほしい」と話す。


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2019年01月27日日曜日


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