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<東北の本棚>沿岸の歴史 丹念に踏査

◎南三陸の山城と石塔 田中則和 著

 宮城県の南三陸地方には縄文時代以来、少なくとも6000年にわたって人が住み続けてきた。中世以前にさかのぼった歴史は不明な部分も多かったが、東日本大震災後の発掘調査により興味深い史実の一端が浮き彫りになってきた。
 15世紀に築かれた山城、新井田館(にいだたて)跡(南三陸町)は、約5万平方メートルの全域が丸ごと発掘された。山上に主郭(領主の屋敷地)、やや低い場所に「ナンバー2」の重臣の屋敷地があったと推定される。注目はその防御力。岩盤を深く掘った横堀をはじめ、土塁、切岸(きりぎし)など、屋敷を守るために卓越した土木工事技術が発揮されている。
 出土品で目を引くのが25枚の中国産の銅銭だ。東アジアの沿岸交易の一ブロックを担当する貨幣経済の中にあり、「漁業権益や輸送権益をめぐる沿岸領主との争いが新井田の武士たちを山上にたてこもらせることになったのではないか」という。
 仏を供養する石塔の多くは山城と近接する場所にあった。しかも、中世の石塔の大部分がリアス海岸の入り江に迫る丘陵に位置する。入り江を根拠地とするリーダーたちが武士的な存在となり、松島や石巻などの先進地と海伝いに交流する中で仏教の石塔供養を採用していったとみられる。
 長く埋もれていた遺跡の一つ一つが、幾多の戦乱や災害を乗り越えた南三陸の歴史と文化を物語る。丹念なフィールドワークでまとめたリポートは、時代を懸命に生き抜いた先人の息遣いを伝えるようだ。
 著者は1949年十和田市生まれ。東北学院大文学部史学科卒。地底の森ミュージアム館長、宮城県考古学会会長などを歴任。現在は東北学院大東北文化研究所客員。
 河北新報出版センター022(214)3811=864円。


2019年01月27日日曜日


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