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<週刊せんだい>杜の都の漫画家(4)根を下ろし描き続ける/井上きみどりさん、佐野未央子さん

井上さんの主な作品
「取材の時には相手の表情をよく見て、漫画で表現している」と話す井上さん=仙台市の自宅
佐野さんの最新作「日日べんとう」
「らんぽう」の単行本を手にする内崎さん=仙台市青葉区の総合学園ヒューマンアカデミー仙台校

<徹底した取材を基に>
  仙台市のベテラン漫画家井上きみどりさんは広島市の専門学校でデザインを学んだ後、東京で人気漫画家吉田まゆみさんのアシスタントになり、漫画家への道が開けた。「漫画家志望ではなく、軽い気持ちでアシスタントになった。その後、周囲の勧めで漫画を描いたら評判が良くて、1993年にデビューし、仙台には夫の仕事の関係で19年前に移り住んだ」と振り返る。
 自らの育児体験を基に約10年間にわたって女性漫画誌に連載した「子供なんか大キライ!」が代表作だ。育児中のドタバタや本音、家族愛をコミカルかつ痛快に描き、共感を呼んだ。単行本18巻の累計発行部数は100万部を超している。
 東日本大震災が漫画家人生の転機となった。2011年11月に被災地で必死に生きる人やボランティアらを取り上げた「わたしたちの震災物語」を出版。その後も、東京電力福島第1原発事故に関心を募らせ、被災地の実情を描いた「ふくしまノート」(単行本3巻)を出し、被災地の空気感を丁寧に伝えている。
 「兵庫県生まれだが、阪神大震災で被災した親戚に十分な支援ができなかった。その後悔もあって、生活者の視点から被災者の思いをしっかりと伝えたい」。被災地に寄せる思いは強い。
 女性の病気や性差別、介護…。現在、「取材漫画家」と称し、徹底した取材に基づいて「ノンフィクション漫画」を描いている。「発表の時期や連載のスタイルは未定だが、震災から10年を見据え、宮城県の沿岸部や福島県のことをきちんと描きたい」。井上さんは、腰の据わった視点で被災地を見詰め続けている。
 漫画の特長については、「人の表情を描ける漫画は、感情を伝えやすい。デフォルメもできるので、悲惨な状況も少し和らげて伝えられる。無用なショックを与えずに読んでもらえることが漫画の力の一つだ」と説明する。

<食がテーマ 作品好評>
 仙台市出身で、古里に住んで描き続けている佐野未央子さんは、練達の漫画家だ。安定感のある正統派の絵柄と味わい深く、心温まるストーリーテリングで根強い支持を得ている。
 現在は「日日(にちにち)べんとう」を「月刊オフィスユー」に連載中。禅寺育ちで料理と食べることが大好きな女性を巡る人間模様を描き、ほのぼのとした雰囲気と作中に盛り込まれた人生訓が印象的だ。単行本は現在、11巻まで発売され、ロングセラーとなっている。
 連載は東日本大震災から1年後の12年3月に始まった。「震災の影響もあり、当時は食に関心が向いていた。調理に重きを置いてはいないが、食事を作ることや食べることの楽しさを感じてほしい」と説明する。
 「漫画には、ちょっと疲れた時に感情のバランスを取ってくれる力があると思う。今はパソコンが使えれば、どこでも仕事ができる。仙台は四季が美しく、過ごしやすくて好き」。今後も古里の仙台を離れずに描いていく考えだ。

仙台圏に住み、活躍する漫画家の作品世界や創作姿勢を紹介する。

◎基礎となる力後進に 伝説の漫画家・内崎まさとしさん

 仙台市青葉区の内崎まさとしさん(61)=本名内崎雅俊=は、「週刊少年チャンピオン」の1978年26号〜87年22号にギャグ漫画「らんぽう」を連載、同誌の黄金期を支えた。作品は「ハイテンションのギャグ漫画の傑作」と称された。
 「らんぽう」はおバカな中学生のらんぽうがUFOに拉致された後、怪力や飛行能力などを持つ破天荒な少年に変貌し、珍騒動を巻き起こすギャグ漫画だ。単行本は37巻発売され、テレビアニメにもなった。
 内崎さんは「当初は3回の連載で終了予定だったが、想像以上に評判が良くて長く続いた。登場人物は私の分身」と振り返る。
 3歳から仙台で育ち小学生の時に登米市出身の故石ノ森章太郎さんの「マンガ家入門」を読み、漫画家を志した。独学でプロになり、仙台を離れずに描き続けた。「『へたうま』の漫画家だったかな」と苦笑いする。
 現役を退いた内崎さんは、青葉区の総合学園ヒューマンアカデミー仙台校で講師を務めている。
 漫画を取り巻く現状について、「若者の好みが多様化し、漫画雑誌の売れ行きに陰りが見えている。学生の中ではイラストやゲームの世界を目指す若者が増えているが、基本となるのは漫画を描く力だということを伝えたい」と話す。
 さらに「アニメや漫画に関心を持つ外国人が多くなっている。近い将来、外国人の漫画家が増えるかも」と予想している。


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2019年01月31日木曜日


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