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石巻の海運会社「共勝丸」小笠原諸島の生活支える 東日本大震災で苦境も、島の後押しで新造船就航

初回の航海を終えて停泊する新共勝丸=1月25日、東京都中央区

 海運業の共勝丸(宮城県石巻市)の新造船が、1月から小笠原諸島(東京都小笠原村)と本州間の貨物輸送で活躍している。東日本大震災の打撃で苦境に立たされたが、地元の後押しで船を建造。50年にわたって生活物資を届け続けた唯一の航路を守ることができた。同社は「これからも島を支える」と決意を新たにしている。
 小笠原の父島の二見港に1月19日、新船「共勝丸」が到着し、大勢の住民が出迎えた。全長64.5メートル、325トン、濃い青の船体に緑のライン。約1000キロ離れた本州との間を片道45時間かけて年に約30往復する。
 届けるのはプロパンガスなどの燃料や建設資材、車両、食料品。復路は島で処理できない産業廃棄物などを運び、世界自然遺産に登録された島の環境維持にも貢献する。
 同社は元々個人事業だったが1967年に法人化。石巻市の田代島出身の創業者が「離島の役に立ちたい」と、日本に返還される直前の小笠原諸島に資材を運んだ。それが縁で68年の返還後も島に貨物船を運航するようになった。
 かつては旅客が乗れたこともあり、船は多くの島民に親しまれてきた。岐阜県出身の宮城洋子さん(48)は15年前、先代の第28共勝丸での旅行がきっかけで島に移住した。「船員の東北なまりは忘れられない。島になくてはならない船で、長く暮らす人ほど思い入れがある」と話す。
 同社は震災の津波で石巻の事務所が被災。当時の社長が犠牲になったが、小笠原行きの船の運航を続けた。宮城さんは「船員にどう声を掛けていいか分からなかった。感謝の寄せ書きを渡したら、次の航海で子どもたちにお菓子を運んでくれた」と振り返る。
 第28共勝丸は20年以上運航を続け、老朽化が進んでいた。だが、被災した同社に新たな船を建造する余裕はなかった。
 状況を知った東京都小笠原村の森下一男村長が2016年、共勝丸が取引する七十七銀行石巻支店を直接訪ね、支援を要請。危険物運搬の運賃などを見直した上で、同行などが新船建造資金として計7億4000万円を協調融資した。
 森下村長は「被災しても運航を続けてくれ、涙が出るほどありがたかった。移住者の増加などで貨物量は年々増えている。引き続き島を支えてほしい」と語る。
 共勝丸の石巻の本社事務所は今でもプレハブのままだ。鶴岡英勝社長は「会社を続けられたのも新しい船を造ることができたのも、島の皆さんのおかげ。これからも島のライフラインとして運航を続けたい」と力を込めた。


2019年02月04日月曜日


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