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<この人このまち>ハバネロ加工で村元気に 「日本一辛い村」の道の駅駅長

こうの・てつや 1960年東京都生まれ。明治大文学部卒。中学教諭や予備校講師を経て、94年に平田村に移住し、バラ栽培を始める。2009年、道の駅ひらたの開業当時から現職。

 「日本一辛い村」を合言葉に、福島県平田村の「道の駅ひらた」駅長高野哲也さん(58)が新商品を次々と生み出している。活用しているのは、唐辛子の一種で地元産のハバネロ。ハバネロソフトやハバネロ味噌(みそ)を求めて観光客が村を訪れ、農家支援にも一役買っている。(郡山支局・岩崎かおり)

◎「道の駅ひらた」駅長 高野哲也さん(58)

 −商品開発のきっかけは。
 「東日本大震災と東京電力福島第1原発事故です。村の空間放射線量は低かったものの、農産物の出荷規制は2011年6月まで続きました。作付けや出荷の意欲を失った農家を元気づけるため、農産物をたくさん買い取りました。その中に、原発事故後に村の女性が栽培を始めたハバネロがあったんです」

 −開発は順調に進みましたか。
 「初めはハバネロを加工せずに販売したのですが、売れませんでした。そこで、オリジナル商品を開発することにしました。試行錯誤を重ねて生み出したのが『ハバネロ味噌』。その後、ドレッシングやソフトなどを次々に売り出しました」
 「売れることで営農意欲も高まり、当初3人だった生産者は12人に増えました。レトルトカレー『ハバネロ戦隊カラインジャー』といったユニークな名前を付けて販売し、福島の暗い印象を変えることにもつながりました」

 −「日本一辛い村」というフレーズが面白い。
 「広告費をかけられない中で、話題づくりやメディアに取り上げてもらう商品として、ハバネロは売り込みやすかった。激辛好きの人をはじめ、怖いもの見たさや罰ゲーム用に買い求める人もいます」

 −ハバネロソフトで一番辛い「地獄級」を食べましたが、地獄でした。辛くない商品はありますか。
 「村のブランドサツマイモ『ひらたシルク』を使ったスイートポテトや自然薯( じねんじょ)の定食も人気です。アスパラガスやソバのほか、村が新規導入するカンゾウなどの薬用植物を組み合わせた薬膳カレーなども開発しています」

 −今後の展望は。
 「194人いる農家の平均年齢は74歳。人口減や後継者不足もあり、若い人が農業をやりたいと思えるようにブランドイメージを高めることが大事です」
 「東京五輪を控え、訪日外国人旅行者(インバウンド)にも照準を合わせたい。開業10周年の今年を、海外輸出元年にしたいという夢もあるんですよ」


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2019年02月04日月曜日


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