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<東京パラ>谷真海さん「スポーツの力広めたい」 開幕まで1年半、大会への思い聞く

谷真海(たに・まみ)旧姓佐藤。気仙沼市出身。早大応援部のチアリーダーだった2001年に骨肉腫を発症し、翌年に右脚の膝下を切断。その後、義足の陸上選手として活躍し、走り幅跳びで04年のアテネパラリンピックから3大会連続出場した。16年にトライアスロンに転向し、17年世界選手権で優勝した。14年に結婚し、1児の母。

 2020年8月の東京パラリンピック開幕まで約1年半となった。陸上走り幅跳びで04年アテネから3大会連続で出場し、東京大会はトライアスロンで出場を目指す谷真海さん(36)=サントリー、気仙沼市出身=が、仙台市内で河北新報社の取材に応じた。招致にも尽力した大会への思いを語った。
(聞き手はスポーツ部・佐藤夏樹)

 −東京パラリンピックは招致活動にも携わった。
 「13年に東京開催が決定した時に願ったのは、パラも五輪と同じように大観衆が選手の背中を押してくれる大会になれば、ということだった。12年ロンドン大会は、パラリンピックもチケットが売り切れた。東京も同じようになって『さすが日本』と言われるように一人一人の力を結集したい」

 −障害者スポーツ振興の機運は高まっているか。
 「ここ数年で選手の環境は良くなっている。私が陸上を始めた15年くらい前は、パラリンピックを目指す過程ですごく苦労があった。仕事をしながらお金を捻出しないといけない。今は学生も社会人も競技に打ち込める環境をつくれている。スポンサーが付いたり、企業に所属したりする選手が増えてきた」

 −東京大会は東日本大震災からの復興をテーマの一つに掲げている。
 「みんなを前向きな気持ちにして、人と人をつないでいくスポーツの力をもっと広めたい。聖火リレーなどで東北の様子が世界中に発信される機会が増える。20年はさまざまな形で復興した姿を見てもらいたい」
 「自転車イベント『ツール・ド・東北』で被災地を回っていると、年々活気づいていると感じる。(私のような)気仙沼出身の選手が活躍すれば大きいのではないか」

 −スポーツの力をどう感じるか。
 「パラリンピックは大会の成功だけでなく、その後の社会へのインパクトも大きいと思う。五輪とパラリンピックの選手の交流も増えた。メディアで一緒に取り上げられることも多い。そういう姿が学校、会社、地域の中でいろんな人が交じって生きるモデルになればいい」

 −6月から約1年かけてのパラトライアスロンの代表選考レースが始まる。
 「選考過程で力尽きると本番でエネルギーが出ないし、本番に出られなければ始まらない。そこのバランスが非常に難しいが、悔いなく戦えるようしっかり準備したい」


2019年02月06日水曜日


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