宮城のニュース

<週刊せんだい>特別養子縁組(1)子どもと共に生きたい 不妊治療からの決断

自宅近くの公園で子どもたちと遊ぶ佐々木健二さん(左から2人目)、啓子さん(同3人目)夫妻=1月下旬、仙台市青葉区

 1月下旬、冷たい風が吹く仙台市内の公園で、会社員の佐々木健二さん(53)と長男ダイ君(8)、長女モモちゃん(6)がボールを追う。次女ユイちゃん(3)は妻でNPOスタッフの啓子さん(42)の背で夢の中。健二さんが単身赴任先の東京から青葉区の自宅に戻る週末は、家族がそろう大切な時間だ。
 「『似てないね』と言われることも『似てる』と言われることもあります。一緒にいると表情が似てくるみたい」と啓子さん。5人に血のつながりはない。特別養子縁組で子ども3人を迎え、実子として育てる。
 健二さんと啓子さんは子どもの遊び場作りに関わるNPOの活動を通じて出会い、2002年に結婚した。健二さんは37歳、啓子さんは25歳。啓子さんの妊娠は難しいと分かっていた。早発閉経で20代前半から生理が来ない。不妊治療も効果はなく、30歳で区切りを付けた。
 ただ「子どもと共に生きることは諦められなかった」と啓子さん。「自分が産まないとしてもわが子と出会いたかった」。18歳までの子どもを預かり育てる養育里親も検討したが、「一生家族でいられる関係性」を得たいと戸籍上も実親子と同等になる特別養子縁組に行き着いた。
 「夫婦2人で年を取っても幸せだよ」といつも口にしていた健二さんの意思を慎重に確認する一方、迷いもあった。「自分たちの都合で養子を望んでいいのかな」。特別養子縁組は実親の元で育てられない子どもが永続的で安定した家庭で育つための仕組みだ。だが当時は実親側の背景についての情報は見つけにくかった。
 最終的に登録したのは、実母のケアに力を入れる民間あっせん団体。貧困、望まない妊娠といった実情や実母の思いについて丁寧な説明を受け、2人の気持ちが定まった。「産んだお母さんは、育てられないけれど命を守って送り出す。きちんと受け止め、子どもが笑顔でいられるよう育てていこう」(啓子さん)
 子どもに障害がある場合もあること、何かあっても基本的に離縁できないこと…。団体からのそうした説明も「自分の子どもなら当たり前」(健二さん)と納得した。
(子どもたちは仮名)

 国が利用促進を進める特別養子縁組はどのような制度なのか、仙台圏の家族の姿などを通じ紹介する。

◎制度/戸籍上も実親子と同等

 特別養子縁組は、経済的事情や虐待などが理由で実親が育てられない子どもが、養親の「実子」として新たな親子関係を結ぶ制度。2017年は616件成立した。利用しやすくなるよう、国は法整備などを進めている。
 特別養子縁組の要件などは下表の通り。家庭的・永続的な環境で養育することで子どもの安定した成長につなげるのが目的で、実親との法的な親子関係がなくなり、戸籍上も実親子と同等の扱いになる点などが普通養子縁組と異なる。
 石巻市の産婦人科医菊田昇氏(故人)による「赤ちゃんあっせん事件」などが契機となって1988年に導入され、民法に規定された。
 法制審議会(法相の諮問機関)の特別養子部会は先日、(1)養子の対象年齢を現在の原則6歳未満から原則15歳未満に引き上げる(2)実親は同意から2週間たつと撤回できない−などとする制度見直し案をまとめた。政府は今国会に民法などの改正案提出を目指す。
 2016年成立の改正児童福祉法は養子縁組や里親など家庭的な環境での養育を推進するとし、養子縁組の相談・支援を児童相談所の業務として明確化。昨年、民間あっせん団体の質向上に向け許可制も導入されるなど見直しが進められてきた。
 厚生労働省によると親元で暮らせない子どもは18年3月末時点で全国に約4万4000人。8割以上が児童養護施設や乳児院など施設で暮らす。同省は年500件前後の特別養子縁組をおおむね5年で倍増、年1000件以上の成立を目指す数値目標を打ち出している。


関連ページ: 宮城 社会

2019年02月07日木曜日


先頭に戻る