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<われら平成元年組>(8)仙台銀行/相次ぐ試練に行員奔走

東北の金融街と呼ばれる青葉通に立つ仙台銀行本店ビル

 仙台市の振興相互銀行が1989(平成元)年2月1日、普通銀行に転換し「仙台銀行」が誕生した。宮城の第二地銀としての幕がここに開いた。
 「初日の朝、勤務していた国分町支店のシャッターを開けると東北大の学生が待っていた。『仙台の名が入った預金口座をつくりたい』との言葉は忘れられない」。佐藤彰常務(63)は振り返る。
 都市名を冠し、明るい未来を感じさせた船出だったが、間もなく金融危機が訪れる。仙台では97年、もう一つの第二地銀だった徳陽シティ銀行が経営破綻。宮城県内19店舗を譲り受けることになり、行員は取引先や顧客の引き継ぎに奔走した。
 地銀再編の波が押し寄せる中で、きらやか銀行(山形市)との県境をまたいだ経営統合を断行した。持ち株会社設立を予定していた2011年には東日本大震災が発生し、沿岸部の5支店が津波で全壊した。
 太田順一経営企画部長(59)は当時、利府支店長として沿岸部の対応に当たった。同行はカードや通帳を失った被災者に最低限の本人確認で約5億円払い出した。現在、不正と判明した取り扱いはない。非常事態が、顧客との信頼関係を再確認する機会にもなった。
 低金利に人口減少、情報技術の進化。金融業界にとって厳しい経営環境が続く。太田部長は「お客さんの相談に応える銀行であり続けたい」と力を込めた。(報道部・高橋一樹)

<メモ>仙台銀行前身の振興相互銀行は1951年、中小企業支援を目的に宮城県などが出資し設立。2012年、仙台銀はきらやか銀と持ち株会社じもとホールディングス(仙台市)の傘下に入った。昨年12月末時点で県内に56店舗、従業員約750人を抱える。


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2019年02月14日木曜日


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