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<杜の都のチャレン人>古里の活性化へ奔走 日本とモンゴル友好の懸け橋

民族衣装をまとい出身地モンゴルの暮らしについて説明するエルデネダライさん=河北新報社

◎東北・モンゴル友好協会事務局長 バートル・エルデネダライさん(36)

 「日本人と交流を図って、いろんなことを学び、モンゴルの小さな村の発展に生かしたい。自分が懸け橋になれるよう、できる限り頑張りたい」と大志を抱いている。
 宮城県内のモンゴルに思いを寄せる人らと、2018年7月に東北・モンゴル友好協会(渡部紘一会長)を設立し、事務局長を務めている。現在の会員は約40人だ。
 「仙台の旅行代理店が企画したモンゴル旅行に案内役として同行した際、私の古里であるエルデネダライ村を盛り上げようと、旅行者と意気投合した」と説明する。
 同村はウランバートルから南へ約240キロの草原地帯にある。人口約6000人。牧畜業で生計を立てている人が多い。「モンゴルでも都市部と地方の格差が問題となっている。一つの村に特化した交流活動を行うことで、古里を地方の活性化のモデルにしたい」と力強く語る。
 最初の交流事業として、昨秋に同村から女性2人を仙台市に招き、編み物を約50年間教えている青葉区の協会員中村益子さん(85)から指導してもらった。村の良質な羊の毛を使って、魅力的な編み物や民芸品を開発し、商品化につなげるのが目的だ。
 年内には、地球温暖化で砂漠化が進む同村を協会員が訪ねて植林したり、モンゴルと日本の交流を図る文化イベントを仙台市とエルデネダライ村で開いたりする。
 16年から、東北大大学院国際文化研究科で勉学に励んでいる。仙台に住むモンゴル人の留学生や労働者のまとめ役も務め、労をいとわない。「自分も日本に来て、言葉や習慣の違いなどで苦労した。自分の経験を生かし、後輩たちが日本で暮らしやすくなる手助けをしたい」
 「日本とモンゴルの人的なネットワークを広げ、将来は両国をつなぐ事業を展開する会社を起業したい」。その口調からは強い意志と情熱が伝わってきた。(沼)

[ばーとる・えるでねだらい] 1982年モンゴルのエルデネダライ村生まれ。モンゴル科学技術大卒。仙台市青葉区で妻と子ども2人と4人暮らし。東北・モンゴル友好協会の連絡先はtohoku.mongol@gmail.com


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2019年02月16日土曜日


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