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<まちかどエッセー・米田公男>幸せのインドカリー

 今から45年前、高校を卒業した私は南インドの地方都市で数カ月間生活しました。「インドに住んでいました」と話すと「何か人生観変わりました? インドに旅行した人はみんな言うでしょ!」と尋ねられます。私が「そんなことないなぁ」と答えると、どなたも決まって「ええ?」って顔をします。
 経験の少ない若者(私)に、変わってしまうほどの人生観の持ち合わせはなかったようです。ただ現地のインド人の明るさは、今も忘れることができません。
 厳しいカースト制度が残り、街の至る所に野宿の家族がいて、物乞いを生活の糧とする貧民の上に農民や商人と会社員、またその上に一部の特権階級と富豪が混在する国がインドです。
 そのようないろいろな階級の人たちと、日本人の若者は対等に話すことができ、その土地の生活を肌で感じました。「貧しい人たちほど明るく生きていた」と、今も私は思っています。
 インド人の考えに「持てる者は、持たざる者に分け与える」があります。そうした価値観の人たちが毎日口にするのがカリーです。もしかするとインドの歴史や力強さ、明るさの全ての源は、この食べ物から来ているのかもしれません。
 インドの第一印象は「街路にメイフラワーの真っ赤な花が咲き、乾いた風が静かに流れる田舎の都市」でした。その日、街の食堂で初めて食べたカリーの味は、今でも忘れられません。
 少しピリッとくる辛さの後、舌の上に広がる複雑な香辛料の味と、鼻を抜ける香り。どのように表現したらよいのか? 語彙(ごい)が貧困な私の頭脳はパニックです。重なり合う香辛料の味は、多くの民族が仲良くしていく上で必要なスパイスの複雑な調合です。さまざまな宗教上の規律に合わせた食材の味を、スパイスが引き立ててくれます。
 言語、宗教、民族、カーストが複雑に絡み合う国インド。そんな混沌(こんとん)とした社会で生まれたのがカリーなのです。みんな幸せそうに、毎日食べます。
 今日まで何度か石屋の仕事で現地を訪れましたが、この年になってもまだ強くインドに心引かれます。
(石材店経営)


2019年02月25日月曜日


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