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<震災8年>津波の記憶、20代がつなぐ 南三陸の語り部バスに2新人「災害はわがこと」訴え

戸倉地区の津波被害の状況を語る佐藤さん
バスの車内で語り部を務める阿部さん

 東日本大震災で被災した宮城県南三陸町で9日、当時は子どもだった20代の2人が語り部バスのガイドを初めて務めた。震災から11日で8年。津波に襲われた古里を県内外から訪れた約50人とともに巡り、自身の被災体験や復興道半ばの町の現状を伝え、風化の防止と次の災害への備えを訴えた。
 語り部バスのガイドを務めたのは、町観光協会職員の佐藤慶治さん(25)と阿部悠斗さん(22)。2人とも町内で生まれ育ち、被災当時はそれぞれ志津川高2年、歌津中2年だった。
 佐藤さんは志津川地区の自宅が津波で流失。慣れ親しんだ通学路や友達の家があった町並みは一変した。
 震災後に約10メートルかさ上げされた同地区の中心市街地をバスが通ると「当たり前だった風景は今は記憶の中にしかない。青春の思い出が詰まった場所がないのは悲しい」と話し掛けた。
 旧戸倉中ではバスを降りて津波の猛威に触れた。現在は公民館として使われている校舎1階の窓に津波到達高「22.6メートル」を示す張り紙がある。校舎に車が流されてきた写真を掲げ「震災は想像を超える被害だった」と語った。
 起業準備のため今月末で退職するが、語り部は続けるつもり。「町の姿は変わったけれど、古里に変わりはない。大人になった自分たちが町のためにできることを考えていきたい」と佐藤さんは話した。
 町観光協会が企画・運行する語り部バスのガイド9人は60〜70代。若手ガイドの育成を目指す協会が今回初めて、町歩きのガイドでは実績のある2人に白羽の矢を立てた。
 在校中に被災した阿部さんは、同校への避難所設営に中学生が尽力したことを紹介。震災直後の情報収集や携帯電話の充電に、授業で作っていた充電器付きのラジオが大いに役立ったエピソードも披露した。
 子どもの頃は、同級生の間でも震災について話すことは避けていたという阿部さん。だが、大人になって考えが変わった。「自分が体験を伝えることで、災害を人ごとではなく、わがこととして捉える人が増えてほしい」と語る。


2019年03月10日日曜日


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