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<気仙沼震災遺構>当時高1の佐藤仁さん 母校巡る思い新た 昨春から市職員「人の役に」

震災遺構となった母校を見学する佐藤さん=10日午前10時30分ごろ

 気仙沼市職員の佐藤仁さん(24)は震災の発生当時、気仙沼向洋高1年生だった。10日に開館した震災遺構は津波被災した同校の旧校舎。佐藤さんは思い出の詰まった校舎に入り、被災の状況を確かめた。
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 校舎を訪ねるのは、震災1カ月後に友人と来て以来。内部の詳しい様子を見るのは初めてだ。
 入学式の後、自己紹介をした機械技術科の教室(北校舎1階)は、天井が破れていた。水泳の授業で気分が悪くなり休んだ保健室は物が散乱。上級生になったら行こうと楽しみにしていた体育館脇の食堂は跡形もない。
 「現実とは思えない。面影が全くない」
 開館と同時に多くの人が校舎内を見学していた。「震災の記憶を残すのは大事なこと。校舎を見て、津波の怖さをしっかり認識してほしい」と願った。
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 あの日は中庭で機械技術科の同級生40人と、1年修了の記念としてバーベキューを開催。片付けを始めた時、強い揺れを感じた。
 教諭の引率で近くの寺へ、さらに陸前階上駅へ。さらに階上中へ避難した。
 その後、校舎を襲った津波は「雪が降っていて見えなかった」という。「先生の指示があったからこそ生きている。本当に感謝」と振り返る。階上中野球部の後輩が1人、自宅で亡くなったと聞いた。
 民間会社に4年勤めた後、「人の役に立ちたい」と公務員を志望。専門学校を経て、昨春から気仙沼市ガス水道部工務課技師に。漏水防止や修理に携わる。
 水は命の源。「安全安心な水を提供するため、災害時はすぐに復旧できるように頑張りたい」
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 3月11日生まれ。「誕生日でもあり、多くの人が亡くなった日でもある。複雑な気持ち」と打ち明ける。
 しかしこれも運命だと感じる。「大災害があったことを伝えていく。3月11日生まれの自分の使命です」
 命の大切さを知るからこそ、素直に誕生日を喜びたいという思いもある。仕事に支障がないようにと、今年は土曜日の9日に家族とお祝いをした。


2019年03月11日月曜日


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