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<震災8年>戻らぬ妻と孫、悔い今も 福島・双葉から名取に避難「津波だけなら捜せた」

自宅跡に設けた祭壇に手を合わせる志賀一郎さん(右)と長男の隆昌さん。1階が鉄骨だけになった作業小屋が残る=11日午前11時ごろ、福島県双葉町

 福島県双葉町から名取市に避難した志賀一郎さん(71)が11日、東日本大震災の津波で自宅が流失した同町中野の敷地を訪れ、見つかっていない妻と孫を思って手を合わせた。双葉町は東京電力福島第1原発事故で全町避難が続く。「津波だけだったら捜せたかもしれない」と悔やみ、月命日の供養を続ける。
 同じ名取市に暮らす長男隆昌(たかあき)さん(48)と共に、作業場だけが残る自宅の祭壇に線香を手向けた。雨と風の中、墓石が流失した墓地も訪れて花を供えた。
 あの日、コメの大規模栽培に一緒に取り組んだ妻さち子さん=当時(63)=と車2台に分かれて外出中に地震に遭遇。さち子さんは預かっていた生後4カ月の孫仁美ちゃんのいる自宅に戻り被災したとみられる。
 直後の捜索は原発事故に阻まれ、その後も手掛かりはなかった。「地震後すぐに自分も家に戻っていれば…」。さち子さんが記憶喪失になってどこかにいる夢を見たこともある。
 町は中野地区を含む一帯の来年春の避難指示解除を目指す。自宅周辺では産業団地造成が進むが、開発には距離を置く。
 「田んぼをあんなにつぶして」。地域の農家が懸命に耕してきた水田地帯が様変わりしていくのにはどうしても納得できない。
 丸8年が何かの区切りになるとは思えない。「2人には『また来るよ』と伝えました」と母と娘を失った隆昌さん。一郎さんは長男の言葉を黙って聞いた。


2019年03月12日火曜日


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