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<古里からのバトン>過去を愛し 今を懸命に

ジャズ喫茶「パブロ」を再開させた半沢さん(中央)=名取市下余田

 東日本大震災や東京電力福島第1原発事故の被災地に、首都圏や仙台など都市部から気概に富む人々がUターンしている。「復興の力になりたい」「傷ついた古里の行く末を見守りたい」。生まれ育った景色は失われても、古里への思いは消えない。


◎復興Uターン(1)名取市 ジャズ喫茶パブロ 半沢由紀さん(31)

 ハイハットシンバルが刻むリズムに、トランペットとアルトサックスが奏でる軽快な旋律が重なる。
 「バードライク」
 モダンジャズの巨匠フレディ・ハバードが手掛けたナンバーだ。曲は「かつての日々のように」という思いが込められている。
 名取市下余田のジャズ喫茶「パブロ」で2月2日夜、初のジャズライブが開かれた。約30席を埋め尽くした客が、音楽とともに地元産のセリを使った料理や地酒を堪能した。
 津波被害を受けた同市閖上出身の店長半沢由紀さん(31)は、満員の店内を見て「亡くなったマスターの遺志を継ぎ、自分たちの思いも店に込めることができた」と感慨に浸った。
 30年来の常連という男性会社員(75)は「古き良き時代を思い出す。それでいて生ライブはとても新鮮な気分だ」と目を閉じた。

<東北各地に常連>
 店は閖上に住んでいた玉田国昭さん=当時(60)=が1984年に開いた。自慢は壁一面に設置された東北最大級のスピーカー。東北各地に常連がいた。所蔵レコードは1000枚を超え、今では入手困難なものも多い。
 あの日、玉田さんは店から5キロ離れた自宅にバイクで向かい帰らぬ人となった。閖上にあった半沢さんの実家も津波にのまれ、母の優子さん=当時(49)=と叔母を亡くした。
 母は絵本作家になりたかった。叔母は生前「オーロラが見たい」と話していた。当時、都内で働いていた半沢さんは2人の思いを実現しようと仕事を辞めた。フィンランドで美術学校の講師になり、オーロラを目に焼き付けた。イギリス、フランスなど8カ国を巡り風景を絵にした。
 帰国後、欧州で仕入れた雑貨を取り扱う店を2015年4月、仙台市内に開いた。直後にパブロの常連だった高校時代の担任が訪れ、「パブロが閉まったままだ。どうなっているんだ」と問い掛けられた。
 半沢さんは玉田さんの次女と幼なじみ。閉店していたパブロを訪れ、インテリアから柱一本に至るまでマスターの強い思い入れを感じた。地震の影響も少なく、直感的に「ここで店をやりたい」と思った。
 共同経営者の映像ディレクター村上辰大さん(33)と2人で玉田さんの家族に思いを伝え、店再開への理解を得た。マスターの味に近づこうと、エチオピアまで足を延ばした。仙台市内の焙煎(ばいせん)専門店からパブロと同じひき方の豆を調達し17年12月1日、再開にこぎ着けた。

<「生み出す場に」>
 ライブの演奏はジャズからヒップホップに変わった。ともにアフリカ系アメリカ人をルーツに、理不尽な差別と闘ってきた人々が懸命に奏でた音楽だ。
 「過去を愛しながら、今を懸命に生きる」
 レコードではなく、ライブを企画したのは店の新しい在り方を示したかったからだ。半沢さんは「音楽や食など垣根を越えて名取を愛する人たちが集い、新しい何かを生み出す場にしたい」と語る。
 演奏は続く。この店を再び訪れることができなかった人々に向けて。震災を乗り越え、いつかこの店を訪れるあなたに向けて。


2019年03月13日水曜日


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