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<阿武隈川物語>(34)歌枕の地で震災詠む

ハクチョウが羽を休めるあぶくま親水公園=福島市岡部
河原左大臣の和歌が刻まれた文知摺橋

◎第7部 文学(1)歌人

 みちのくの入り口の阿武隈川沿いは古来、歌や俳句、詩の題材として親しまれた。時に人生にもたとえられる川の流れは、詩情をかき立てる。豊かな文学を育んできた流域を散策した。(角田支局・会田正宣)=第7部は4回続き

 <身をのばし鳴く白鳥の声ありき阿武隈川の親水公園>
 福島市出身の歌人駒田晶子さん(44)=仙台市=の第2歌集「光のひび」(2016年)所収の1首だ。
 あぶくま親水公園は、みちのくの歌枕である信夫(福島市)の文知摺(もちずり)観音の麓、文知摺橋付近にある。冬は飛来したハクチョウに、家族連れがエサを与える憩いの場だ。
 駒田さんは「故郷を思い出すとき、浮かぶのが信夫山や阿武隈川」と目を細める。東日本大震災と東京電力福島第1原発事故を経験し、「福島が自分にとっていかに大事なものだったかを知った」と振り返る。冒頭の歌も、そんな心境の中で生まれた。

<原発事故で一変>
 「田舎は出て行ってよいところ。そして、いつでも帰ってよい場所がふるさと」。そう思っていた駒田さん。ありふれた地方都市は原発事故で一変した。「庇護(ひご)すべき対象になり、『ふるさと』という言葉の質が変わってしまった」
 当時、三女の出産のため仙台で入院中だった。原発事故の情報が不足し、親が心配で気持ちが切迫した。
 テレビのインタビューなどで「福島のために頑張りたい」と発言する子どもを見掛ける。だが、駒田さんは「うれしいと思う半面、痛々しさも感じる。子どもは大人の顔色をうかがう。大人が言わせる環境にしていないか」と戸惑う。
 第1歌集「銀河の水」(09年)でイラク戦争をテーマにした歌も詠んだ駒田さん。「今は遠い問題ではなく、政治が直結している。無責任な歌は作れない」と口を結んだ。
 阿武隈川は古く「逢隈川」と呼ばれ、「逢(あ)う」「逢瀬(おおせ)」に通じる歌枕だった。
 <人しれぬ恋路のはてやみちのくのあふくま河の渡りなるらん>(藤原秀宗朝臣)
 福島県内の歌碑を調べ歩いた県歌人会長の今野金哉さん(70)は「万葉集の時代は安達太良山が北限の山で、福島が歌枕の北限だった」と考える。

<後世への警鐘に>
 豊かだった風土は原発事故で、ネガティブなイメージが増幅された。
 今野さんは16年、原発事故後の作品による歌集「セシウムの雨」を発表した。2代前の歌人会長佐藤祐禎さんは大熊町出身で、避難先のいわき市の仮設住宅で亡くなった。追悼の意も込め、原発事故の被害を歌を通して告発している。
 <線量の高きを知らざる白鳥のこの年も来て阿武隈に浮く>
 今野さんは「震災と原発事故を歌で記録する。記憶に残る文芸は、後世への警鐘になる」と信じる。

[みちのくの歌枕]阿武隈川流域には信夫をはじめ、白河関(白河市)、安達が原(二本松市)、武隈(岩沼市)など随所に歌枕がある。文知摺橋の欄干の四方のたもとには、河原左大臣と伊勢物語の和歌、松尾芭蕉と正岡子規の俳句が刻まれている。


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2019年03月13日水曜日


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