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<古里からのバトン>地域の未来 音頭に託す

古里復興への思いを込めて太鼓をたたく牧ノ原さん(左)=2月24日、福島県富岡町

 東日本大震災や東京電力福島第1原発事故の被災地に、首都圏や仙台など都市部から気概に富む人々がUターンしている。「復興の力になりたい」「傷ついた古里の行く末を見守りたい」。生まれ育った景色は失われても、古里への思いは消えない。

◎復興Uターン(5完)福島県楢葉町 ならは天神太鼓うしお会 牧ノ原沙友里さん

 太鼓に合わせて歌う。大切そうに、ちょっと切なく、地元への愛着を込めて。
 <忘れられよか ふるさと楢葉>
 福島県富岡町で2月24日に太鼓まつりがあり、東京電力福島第1原発事故で被災した同県双葉郡の太鼓団体が集まった。

<リーダー的存在>
 楢葉町の「ならは天神太鼓うしお会」はオリジナル曲「天響(てんきょう)」を披露した。歌と踊りを取り入れた太鼓演奏曲。リーダー的な存在の牧ノ原沙友里さん(31)が歌ったのは、地元の「楢葉音頭」の一節だ。
 今も避難生活を続ける人たちの姿が歌詞の向こうに見える。
 「町に帰るかどうかはそれぞれの判断でいい」と思う。だからこそ、東京からUターンした一人として「古里を忘れてはほしくない」と歌に託す。
 15歳でうしお会に入り、太鼓を懸命にたたいた。幼い頃からの夢だった歌手を目指して21歳で上京。アルバイトをしながらボイストレーニングに通った。指導を仰いできた人と一緒に、プロの太鼓奏者としても活動した。
 歌手のオーディションを何度か受けた。4時間待っても歌をアピールできる時間はわずか20秒。もがき続けているさなか、東日本大震災と原発事故は起きた。
 自然豊かで人情に厚い楢葉が大変なことになった。
 「すぐにでも帰りたい」「でも、夢は捨てきれない」。二つの声が交錯して答えは出せなかった。
 2014年7月、心を動かされる出来事があった。楢葉町内にオープンした仮設商店街で太鼓をたたいた。震災後初の地元での演奏は、古里の空気を感じながらのパフォーマンスになった。
 「感動で胸がいっぱい。本当に太鼓をたたけている、という不思議な実感を持てた」

<生活再建を支援>
 歌手の夢を断ち切るのに、もうちょっと時間を要したが、楢葉町の避難指示解除から5カ月後の16年2月に帰町した。地元でうしお会の練習を再開させ、地元の一般社団法人「ならはみらい」に就職した。
 業務は住民の生活再建支援や交流人口の拡大に向けた情報発信など。ネズミ駆除の電話受け付けや町の花壇整備、学生向けスタディーツアーの企画に取り組んだ。人そっくりのかかし作りにも携わった。交流スペースをにぎやかに見せるためだ。
 町の居住者は2月末現在で3657人。町人口6946の52.6%で、旧避難区域の自治体で最も高い。
 関わってきた活動が、帰還促進に直結しているかどうかはよく分からない。それでも「ありがとう」の言葉は心に染みる。
 うしお会のメンバーは10〜80代の17人。帰還した高齢者と増え始めた子どもたちが交流する場にもなっている。
 「楢葉は震災と原発事故で一度はゼロになった。ここからは上がっていくしかない。まちづくりに正解はないけれど、誰もが立ち寄れる温かい町にしたい」
 <明日に希望の力を込めて>
 楢葉音頭の一節に、地域の未来も託して歌う。


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2019年03月17日日曜日


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