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旧満州に散った作曲家・紺野陽吉 遺作の旋律再現目指す 出身地で9月演奏会、遺品の楽器修理費募る

紺野陽吉
修理を待つ遺品のバイオリン

 太平洋戦争の終結直後に旧満州で戦病死した山形県白鷹町出身の作曲家紺野陽吉(1913〜45年)の音楽を現代によみがえらせようと、町文化交流センター「あゆーむ」が遺作の演奏会開催を目指している。生家跡で昨年見つかったバイオリンを直して演奏する企画で、同センターは18日、修繕費などを募るクラウドファンディング(CF)を始める。

 紺野は白鷹町の医者の次男として生まれ、旧制長井中(現長井高)卒業後に上京し、音楽の道に進んだとされるが、活動の詳細は分かっていない。
 音楽評論家の小宮多美江氏が1995年、作曲家清瀬保二(00〜81年)の資料の中から、紺野の手書きの3曲の楽譜を発見したことで、存在が注目されるようになった。
 素朴で郷愁に満ちた豊かな旋律と独学で身に付けたと思われる書法が特徴。楽譜が見つかった後、山形県をはじめ各地で遺作の演奏会が開かれたり、CDが発売されたりして、近年才能が再評価されている。
 昨年5月には生家跡に残されていた土蔵から、紺野が使ったとみられるバイオリンも発見された。名器ストラディバリウスのドイツ製コピーで、高価だったとみられる。保存状態は悪くないものの本格的な演奏には修理が必要だという。
 演奏会は9月15日、約200人収容の「あゆーむホール」での開催を目指す。紺野の遺作「弦楽二重奏曲」「弦楽三重奏曲」「木管三重奏曲」を披露する。修復したバイオリンで山形交響楽団のメンバーが演奏する計画だ。
 CFの目標金額は80万円。寄付者にはコンサートチケットなどを用意する。同センターの橋本淳一館長は「戦争によって失われた地元の音楽家の才能を改めて評価するとともに、戦争の悲惨さを考える機会にしたい」と話す。
 紺野のバイオリンは今後、地元の中高生らに貸し出していく予定だという。連絡先は同センター0238(85)9071。


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2019年03月18日月曜日


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