宮城のニュース

<文化審答申>近代の食品工場今に/宮城野納豆製造所(仙台市宮城野区)

切り妻造りの製造棟(右)と寄せ棟造りの事務所兼居室

 1920年の創業で、34年に仙台市若林区南小泉から宮城野区銀杏町に移った。同年ごろ建築の製造棟や熟成棟、50年ごろ造られたボイラー室など7件から成る。
 納豆や納豆菌の製造棟は切り妻造りの平屋建て。柱のないトラス構造により広い空間を確保し、昭和初期の町工場の様相を伝える。
 熟成棟には「文化室(むろ)」と呼ばれた納豆発酵用の小部屋が並ぶ。今は使われていないが、通気口を備え、温度管理が容易で、21年に創業者の故三浦二郎氏が開発した。大豆をゆでる熱源の亜炭式ボイラーはれんが造りで、近代食品工場の動力設備の特徴が表れている。
 三浦晴美社長(62)は「これからも建物を丁寧に使い、地域の宝として愛されるよう守っていきたい」と話した。

 国の文化審議会は18日、キトラ古墳(奈良県明日香村)の極彩色壁画など3件を国宝に指定するよう柴山昌彦文部科学相に答申した。また、旧仙台高等工業学校建築学科で集められた教育・研究資料などの美術工芸品、宮城野納豆製造所(仙台市)や寿丸屋敷店蔵(白石市)などの建造物を登録有形文化財にすることも求めた。


関連ページ: 宮城 社会

2019年03月19日火曜日


先頭に戻る