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<震災8年>お帰り 亡き妻の腕時計 宮城・山元の亀井さん「メッセージ感じる」

8年ぶりに手元に戻った宏美さんの時計を手にする亀井さん

 宮城県山元町の介護士亀井繁さん(48)が東日本大震災の津波で犠牲になった妻宏美さん=当時(39)=の腕時計を8年ぶりに手にした。思い出の品があったのは、宏美さんが一緒に亡くなった次女の陽愛(ひなり)ちゃん=同(1)=と見つかった場所だった。亀井さんは「目の前に現れた時は信じられない思いだった。『いつもそばにいるよ』という妻からのメッセージを感じる」と話す。

 亀井さんが時計に気付いたのは、震災から8年を経た今月11日だった。1年に1度、旧坂元駅前にあった自宅から約1.2キロ離れたこの場所を訪れる。
 宏美さんや陽愛ちゃん、流失した自宅の一部が見つかった場所だ。今年も花を手向けて離れようとした時、見覚えのある何かが目に入った。
 バンド部分は土に埋まっていたものの、ダイバー用時計の黒い本体と赤や黄の部品が見えた。亀井さん夫妻が働いていた介護施設で20年ほど前に、宏美さんが着けていた時計に間違いなかった。
 「8年が経過していたので、もう何もないと思っていた。信じられなかった」と亀井さんは振り返る。
 付近では2014年3月11日にも、亀井さん夫妻の時計が合わせて5個、舞い戻った。亀井さんは当時、かけがえのない家族を亡くし泣き暮らしていた。自宅が流れ着いた場所で懐かしい品が出てきたのはその時以来で、亀井さんの生活にもこの間、変化があった。
 17年9月に震災などで家族を亡くした人たちが語り合うためのサロンを町内に開いた。サロンで遺族らが思いを発信する音楽イベントを定期的に開いている。昨年12月の行事には30人が集い、子どもたちの笑顔が見られた。
 震災時に小学4年だった長女は4月で大学生になる。
 「時間を置いて、大切な時計がまた現れてくれた。転機でもあると感じる時に、生きていたら電話やメールでするように愛を確認してくれた」。亀井さんは、かみ締めるように話した。


2019年03月22日金曜日


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