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<高校山岳部は今>(中)山小屋/生徒の支え 存続へ不安

飽海地区の高校の山岳部員と顧問が管理してきた万助小舎=2018年10月、鳥海山

 アウトドア人気と登山事故への懸念のはざまで、高校山岳界が揺れている。非日常にあこがれる高校生の感性にマッチして少子化の中で部員数を増やす一方、2017年に栃木県で起きた雪崩事故のように安全面への不安などから廃部になる例も少なくない。山形、秋田県境の鳥海山(2236メートル)を拠点に独特の登山文化を育んできた酒田市周辺の高校山岳部の今を取材した。(酒田支局・菊間深哉)

<資金集めに奔走>
 酒田市周辺の飽海地区の高校山岳部員が半世紀以上にわたって守ってきた「高校生の山小屋」が危機を迎えようとしている。
 山形、秋田両県にまたがる鳥海山の南西面、標高約1000メートル地点に立つ酒田市営万助小舎(まんすけごや)。昨秋に玄関口上部のモルタルや屋根を支える梁(はり)に亀裂が見つかった。支柱などをはめて応急処置を施したが、冬には屋根まで雪に埋もれる厳しい環境で、老朽化は着実に進んでいる。
 鳥海山の山形側ではここ数年、営業停止したり、経年劣化で使えなくなったりする山小屋が相次ぐ。日帰りで山頂を踏むルートが人気を博し、山小屋の需要が減っているとみられ、万助小舎の先行きに暗い影を落とす。
 もともと万助小舎は飽海地区の中学生や高校生が最初に建設を要望し、鉛筆を売るなどして資金集めにも奔走、1961年に完成にこぎ着けた経緯がある。
 当時中学と高校で山岳部員だった酒田市の喫茶店店主矢野博見さん(75)は「新しい小舎のためにストーブや道標を何カ月もかけて荷上げした。観光道路経由の登山道と違って利用者が少なく『ここなら自分たちの天下だ』と毎週のように通い詰めた」と振り返る。
 無人小屋のため、管理業務は伝統的に飽海地区高体連登山専門部が市から受託している。各校山岳部の顧問と部員が料金箱の回収や水回りの修繕、毛布の日干し、石炭の荷上げといった諸作業を分担してきた。
 管理を長く担った元酒田工高山岳部顧問の日坂晃治さん(81)は小舎のために石炭ストーブを自分で作った。「備品一つ取っても多くの先人の努力の積み重ねで小舎は続いてきた。小舎を愛する人たちの温かな思いが多くの利用者に伝わるとうれしい」と語る。

<常連の深い愛着>
 万助小舎備え付けの日誌は、高校生らが小舎への愛着をつづった記述であふれている。
 「万助さん、いつものようにグータラグータラ降りていきます」「ただ独りになりたくて、山に会いたくて来た」「高校を卒業し、あさってから研修が始まるのに山に来た。家の人にアホと言われた」「空き缶は俺が下ろしますから、誰かごみを処理してください」
 常連の中には小舎をわが家同然に思い、後から到着した登山者と「お帰り」「ただいま」と声を掛け合う人も少なくない。
 この夏に飽海地区の高校山岳部は二つにまで減り、小舎管理に当たる部員や顧問のマンパワー不足が顕在化しそうだ。
 現在の管理担当で酒田光陵高山岳部顧問の石垣馨教諭(57)は「私も含め多くの中高生が鳥海登山のよりどころにして、大きく育ててもらった小舎だ。大切に手入れし、何とか残していきたい」と前を向く。


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2019年03月22日金曜日


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