山形のニュース

<高校山岳部は今>(下)顧問/伝え継ぐ「飽海イズム」

池田さんが山岳部顧問などとして長年にわたり書き続けた登山記録

 アウトドア人気と登山事故への懸念のはざまで、高校山岳界が揺れている。非日常にあこがれる高校生の感性にマッチして少子化の中で部員数を増やす一方、2017年に栃木県で起きた雪崩事故のように安全面への不安などから廃部になる例も少なくない。山形、秋田県境の鳥海山(2236メートル)を拠点に独特の登山文化を育んできた酒田市周辺の高校山岳部の今を取材した。(酒田支局・菊間深哉)

<異才 イケショー>
 通称「イケショー」。鳥海山の登山者でその名前に触れなかった人はほとんどいない。1975年から30年近く鳥海山の山岳地図を執筆し、生涯で1000回以上、鳥海山に登った。酒田市周辺の飽海地区で異彩を放つ山岳部顧問だった。
 2011年に84歳で亡くなった理科教諭の池田昭二さん。地区の中学、高校で約40年にわたり顧問として山岳部を率いる傍ら、登山家として海外の名峰や新ルート開拓に挑み、鳥海山では自然保護団体のリーダーも務めた。
 「イワナを捕るには、驚いて跳ねたところをすりこぎ棒でコツンとやるんだ」「『雪崩だ!』と思ったら白ウサギの群れだった」「モウセンゴケに登山靴で触れると革が溶ける」
 冗談を真顔で話す「イケショー・ラッパ」が魅力で、全校生徒の1割強の約140人が山岳部員に集中する学校もあった。結婚式翌日の新妻を連れた鳥海登山で「イケショー先生の新婚旅行につき入山をご遠慮下さい」とのポスターが登山道のあちこちに張り出されたという逸話も、生徒に慕われた人柄を伝える。
 元酒田工業高山岳部顧問の日坂晃治さん(81)は「独創的なことを考えつき、悪く言えば人をだまして巻き込む話術がすごいカリスマだった」と懐かしむ。
 昨年5月、池田さんが1947年から2010年までに書き残した2316回の登山記録のうち、鳥海山関係の1010回分を写真データにまとめたCDブックが出版された。
 池田さんは登山中は常に胸ポケットに手帳を入れ逐次、鉛筆でメモを取った。下山後にリポート用紙に清書し、行程や時間、天候はもちろん、雪洞のサイズや形状、装備の使用状況といった細部まで書き留めた。
 どんな状況にあっても淡々と記録を取り続ける姿からは、生徒の命を預かる山岳部顧問としての緊張感、それから万が一に常に対応できる余裕が感じられる。
 元酒田工業高山岳部顧問の吉川祐治さん(82)は「『顧問は代わりがいくらでもいるが、生徒はいない』。そう池田さんらに教えられて、若い世代の顧問も鍛えられていった」と話す。

<消えゆく個性派>
 かつて教員が山に入り浸れた時代、池田さんを筆頭に飽海地区の高校山岳部顧問には個性派が集まった。前衛画家、後のチョモランマ最高齢登頂者、フルートの名手、自称・仙人…。
 それが今、教員は多忙を極め、登山技術の不足や事故の責任を心配し、山岳部顧問を志す人が少ない。
 池田さんの教え子でCDブックの編集委員も務めた元酒田南高山岳部顧問の石黒重恭さん(75)は「イケショーは友愛や献身、責任、探求精神を山を通して教えてくれた。この『飽海イズム』は消してはいけない価値がある」と訴える。


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2019年03月23日土曜日


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