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<イチロー引退>オリックス時代、東北各地で勇姿を披露

2000年4月、オリックス戦で無死満塁から走者一掃の二塁打を放ったイチロー外野手=県営宮城

 イチロー外野手は、プロ野球オリックス時代に東北各地の球場で勇姿を披露し、多くのファンを沸かせた。東日本大震災の際も、遠く米国から東北に心を寄せてプレーした。
 オリックス時代の1992〜2000年、イチロー選手は山形県、秋田市八橋、福島県営あづま、県営宮城、いわきグリーンスタジアム(福島)、岩手県営の各球場で計25試合に出場した。
 2年連続首位打者となり、イチローフィーバー真っただ中の1996年、県営宮城球場で取材に応じ、地元の子どもたちにメッセージを残している。「あまり一生懸命に野球をやらず、プロ入りに凝り固まり過ぎず、野球の楽しさを知ってほしい」
 国内最後のシーズンだった2000年4月22日、県営宮城球場であったロッテ戦で、七回に満塁走者を一掃する左中間二塁打を放った。4打点の活躍でヒーローインタビューを受け「そろそろ桜の散る頃ですが、僕は散らないように頑張りたい」とイチロー節を披露している。
 11年の震災の時はマリナーズに所属し、いち早く日本赤十字社に1億円の義援金を寄付した。開幕直前、「やらなきゃならない、というのはいつも同じ。ただ今年は、別の思いが入ってくる年でもある」と静かに言い、東北への思いをプレーに込めることを誓った。


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2019年03月23日土曜日


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