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<となりのムスリム>仙台暮らし事情(5完)宗教生活の継続に壁

仙台市内唯一のモスク「仙台マスジド」。仕事と信仰の両立は苦労も多い

 イスラム圏から来た人々が仙台市で増えている。礼拝や食事、言語など文化が全く異なる日本社会でイスラム教徒(ムスリム)らは悩みながらも、たくましく生きている。隣人となったムスリムの日常を追った。(報道部・坂本光)
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 1日5回が義務の礼拝を業務中でもできるよう、社内の一室が礼拝場所として開放された。昼休みに一時帰宅し、イスラム教の戒律に従った「ハラル」の昼食を取ることも認められた。

<環境は良好>
 仙台市内の半導体製造装置会社。2月までエンジニアとして働いたインド人のモハメド・イムティアスさん(28)にとって、職場の環境は良好だった。
 「当初からムスリム(イスラム教徒)として理解され、受け入れられた」。勤務経験が長い同僚にムスリムがいたことが幸いした。
 市内のムスリムの多くは大学や専門学校の留学生だが、一般企業で働く人もいる。イムティアスさんもその一人だ。日本に住んでいた姉から「エンジニアの仕事が多い」と誘われて2016年に妻と共に来日。仙台の日本語学校で1年間学んだ後、就職した。
 ムスリムは飲酒がご法度だが、仕事後の飲み会は楽しみだった。「飲食に制限があり、引け目を感じていた自分を気軽に誘ってくれた」からだ。「たまには飲んでもいいんじゃない?」という同僚の冗談は、くだけた雰囲気をつくるための心配りだと感じた。
 職場の人間関係や待遇は申し分なかったが、充実した宗教生活を送ることは別問題だった。

<暗転し帰国>
 毎週金曜日に義務付けられるモスクでの集団礼拝は、車を持つ同僚が参加するときしか行けなかった。残業などで聖典コーランを学ぶ時間も十分に確保できない。母国で学んだアラビア語は読み方以外、ほとんど忘れた。「礼拝のたびに『すみません』と神に謝っていた」
 礼拝の時間に道端で膝をついて頭を下げた際、通行人から奇異の目を向けられたこともあった。
 「自分は理解されているのだろうか」。不安を感じることもあったが、生活水準が高く、平和で暮らしやすい日本が好きだった。
 状況が暗転したのは昨年春。生活になじめなかった妻が妊娠を機にインドに戻ってしまった。昨年暮れには同僚のムスリムもバングラデシュに帰国。心のよりどころを相次いで失い、異国での暮らしを諦めざるを得なくなった。
 「イスラム教とムスリムがどういうものか、もっと知られればいいね」。仙台での思い出を胸に、今春、イムティアスさんは家族が待つインドに飛び立った。(報道部・坂本光)


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2019年03月26日火曜日


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