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<見えないハンディと共に>不寛容社会を生きる(中)後縦靱帯骨化症/難病の悩み 分かち合う

後縦靱帯骨化症友の会事務局長の菅原さん。外見からは難病を患っているようには見えない(写真の一部を加工しています)

<外見には現れず>
 ハンドバッグに小さなプレートを下げた。赤地に白い十字とハートマーク。外見で分からない難病や障害を抱えていたり、妊娠初期であったりすることを伝える目印だ。
 後縦靱帯(じんたい)骨化症を頸椎(けいつい)に発症した仙台市泉区の主婦菅原富士子さん(70)は昨年12月3日、配慮が必要なことを周囲に伝えるヘルプマークを手にした。2012年に東京都が考案し、宮城県内では昨年12月に配布が始まった。
 長く立ったり重い荷物を持ったりすると、首にだるさやしびれを感じてしまう。苦悶(くもん)の表情を浮かべても、難病だと分かってもらえない。
 「見た目では病気と分からず、つらい思いをしてきた。具合が悪い時は周りの人に気付いてほしい」。だが、声を掛けてくれる人はいない。状況を変えると思っていたマークの認知度の低さに、もどかしさが募った。
 手の震えやふらつきを覚えたのは03年ごろ。「老化か」と思った。不安から脳外科で受診したが、整形外科に回された。検査結果がなかなか出ず、結局計5カ所の整形外科を巡った。
 どこでも診断は同じだった。「どんな病気なのか」「体はどうなるのか」。不安が増した。複数の専門医に尋ねると、「インターネットはあります? 自分で調べてください。詳しく説明しても混乱するだけですから」。思いがけない言葉にぼうぜんとした。

<「友の会」を設立>
 珍しい病気で患者や家族の集まりもなかった。「悩みや孤独を共有したい」と06年3月に「後縦靱帯骨化症友の会」を設立、事務局長に就いた。
 8カ月後に専門医を招いて企画した講演会。患者や家族ら約90人が集まり、熱心に耳を傾けてくれた。「患者は行き場のない不安を抱き、家族にも深い悩みがある」と改めて感じた。
 その後も講演会や研修会などを開き、患者や家族が抱える情報不足、不安、孤独の連鎖を断ち切ろうと試行錯誤を続けた。
 昨年12月には県患者・家族団体連絡協議会に加盟する難病団体と「難病サロン」を始めた。引きこもりがちな患者に悩みを分かち合う場所を提供し、外出のきっかけをつくってもらう。
 「小さな活動だが、きっと誰かの役に立つ。病気になってできたつながりが私を支えている」。難病に立ち向かう患者の輪が、菅原さんの原動力になっている。

[後縦靱帯骨化症]背骨の中の後縦靱帯が硬くなる厚生労働省指定の難病。神経が圧迫され、手足の痛みやしびれ、排尿障害が起きる。原因は不明で50歳以上の男性に多い。仙台市内では2018年12月時点で210人がこの病気による医療費助成を受けているが、実際の患者はさらに多いとみられる。


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2019年03月28日木曜日


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