福島のニュース

<阿武隈川物語>(41)水質日本一 古里の宝

きれいな水質を守り続ける荒川
大正時代に築かれ、国登録有形文化財となっている地蔵原堰堤

人の暮らしは長らく、川の恩恵にあずかるところが多大だった。現代では少し遠くなったようだが、川は人生の折節に、憩いと潤いをもたらしてくれる場でもある。水辺に親しんで生きる阿武隈川流域の人々の思いに触れた。(角田支局・会田正宣)

◎第8部 水辺で(4完)清流
 吾妻小富士に雪うさぎが浮かぶと、福島市に春が訪れる。
 吾妻連峰に源を発する阿武隈川支流の荒川は、2017年調査まで8年連続で「水質が最も良好な河川」と判定された。東京電力福島第1原発事故にかかわらず、清流であり続ける。

<暴れ川との闘い>
 住民らの河川愛護団体「ふるさとの川・荒川づくり協議会」は1998年の設立以来、年2〜4回、清掃活動を実施。昨年の参加者は約1500人を数えた。
 協議会の高橋一夫事務局長(72)は「荒川にはごみ一つ落ちていない。市民に親しみやすい川づくりに努めてきた」と胸を張る。活動が評価され、第21回(2019年)日本水大賞の環境大臣賞に選ばれた。
 流域の農地約1780ヘクタールを潤す恵みの川だ。野菜と米の生産農家の鈴木信良副会長(63)は「用水堰(ぜき)で使った水を荒川に戻さないため、下流でもきれいな水を利用できる」と感謝する。
 ただ、急傾斜地の上流から扇状地に流れ込む地形で、土石流が多く、名にし負う暴れ川だった。
 独特なのが、ところどころで切れている江戸時代の堤防「霞(かすみ)堤」。川の流れに対し斜めに築かれ、水勢を弱めて流す知恵だ。全体として、霞がたなびくさまに見えることから名が付いた。流域に約40カ所が残る。
 治水事業は近代も営々と続いた。1925年に完成した地蔵原堰堤(えんてい)は国登録有形文化財だ。土湯地区では土砂ダムや、のり面の崩落防止など治山も徹底した。
 「川との闘い」の証しが、まだある。荒井地区にある外国渡航記念燈(とう)は17年、ハワイ、ブラジル、ペルーなどへ渡った移民が資金を出して建立した。養蚕地帯だった福島県北は昭和初期の恐慌で移民が増えたが、荒井は凶作と洪水を背景に、明治、大正期から移民が多かったのだ。

<環境学習の場に>
 水生生物が多様な荒川は、子どもの環境学習の格好のフィールドだ。協議会のボランティアが学習を支援し、かつて年約1200人を受け入れた。原発事故で激減したが、ようやく1000人まで戻った。
 同市吉井田小(児童463人)の5年生93人は昨年5月、総合学習で荒川の水質検査に取り組んだ。
 加藤大樹君(11)は「トビケラがいて、水がきれいだと分かった。桜づつみ河川公園は春はお花見して、いつも友達との遊び場で、楽しい」と笑顔で話す。
 山内日菜子さん(11)も目を輝かせる。「日本一きれいな荒川は、とても誇らしい。ごみを捨てず、落ちているごみは拾って、荒川をずっときれいにしたい」
 郷土の宝を守り続ける人の心に、清流がきらめく。
=4月1日にエピローグ掲載

[水質が最も良好な河川]水の汚れを示す生物化学的酸素要求量(BOD)の年平均値が、1リットル当たり0.5ミリグラム(環境省が定める報告下限値)の1級河川を指す。2017年調査では全国16河川と判定され、東北では荒川のほか、鮭川(最上川水系)、玉川(雄物川水系)が入った。


関連ページ: 福島 社会

2019年03月31日日曜日


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