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<阿武隈川物語>(42完)「共生」 郷土愛育てる

夕暮れの阿武隈川
「牟宇姫とボクとあの殿様」を熱演する児童たち=2018年11月、角田市のかくだ田園ホール

◎エピローグ

 人の暮らしは長らく、川の恩恵にあずかるところが多大だった。現代では少し遠くなったようだが、川は人生の折節に、憩いと潤いをもたらしてくれる場でもある。水辺に親しんで生きる阿武隈川流域の人々の思いに触れた。(角田支局・会田正宣)

<原発事故に象徴>
 阿武隈川源流の福島県西郷村川谷地区は、戦前の旧満州(中国東北部)開拓移民政策に関与した加藤完治が開拓を計画した。
 加藤が所長を務めた「満蒙開拓指導員養成所」の教え子だった八島時弥さん(92)によると、加藤は最も条件の悪い土地を選んだ。「悪い場所で成功すれば、どこでも開拓できると考えた」と言う。八島さんのような養成所員や、満蒙開拓青少年義勇軍関係者らが川谷に入植した。
 旧満州移民、安積開拓、原爆研究。阿武隈川流域の随所に、近代日本の国策が刻印されている。阿武隈山地をはさんだ浜通りでの東京電力福島第1原発事故は、その延長と言える。
 拡大再生産のため、人間に都合よく自然を利用した近代。自然の声を聞くことを軽んじた傲慢さが、原発事故に象徴されている。
 原発を巡り、安倍晋三首相が東京五輪招致に際し「アンダーコントロール」と言い放ったのが忘れられない。生活者感覚と遊離した為政者の認識とともに、いかに現代が自然への畏敬の念に乏しいかを感じた。
 連載第1部「舟運」で、江戸時代から福島が中央に依存していた歴史を取材した。旧知の福島市の医療法人経営堀越ミヤさん(67)は「電気も食糧も東京こそ福島に依存し、共依存と言える。そのことが原発事故で浮き彫りにされた」と記事の感想を話してくれた。
 近代までは日本統一のライン、近現代は国家経営のキーストーン。阿武隈川は、節目節目で日本の針路を左右してきたルビコン川であると筆者は思う。

<感性を培う土壌>
 では、災後の時代の鍵も阿武隈川流域で探せないか。
 視覚障害がありながら、息子のサポートで写真を撮影してきた高畑力久さん(62)=須賀川市=を訪れた。阿武隈川支流の釈迦堂川の花火は、打ち上げ音を聞き、時間を計って撮る。
 近代は相手の言葉を丁寧に聞くより、自分の主張を声高に訴えることが優先された。その超克には、高畑さんのように耳を澄ます姿勢が必要ではないか。
 東日本大震災時に世界の共感を呼んだ東北人のモラルは、一過性の話題でなく、これからの価値観の基礎であってよい資質だ。
 「川は政治、経済、文化の道で、水を制する者が国を制した。川を軸に歴史を考えると面白い」と話すのは、福島市史編纂(へんさん)室嘱託職員で日本考古学会員の柴田俊彰さん(69)だ。
 阿武隈川サミットの発足に、市の担当職員として携わった柴田さんは「川に生かされた縄文時代、治水が必要になった弥生時代。川との関わりは変化してきたが、川との共生は古くて新しいテーマだ」と語る。
 角田市で昨年11月、江戸時代の角田の治水をテーマにした、仙南の児童劇団「AZ9ジュニア・アクターズ」の創作劇「牟宇(むう)姫とボクとあの殿様」があった。
 殿様に領内の安寧を訴える農民を演じた同市北郷小6年南條万葉(かずは)さん(12)は「角田の歴史の深さを知ることができた」と喜んだ。
 ふるさとの歴史を知りたいとの思いが郷土愛の原点だ。知と愛の調和の取れた学び、生活圏に根差して自然に感謝する感性を培う豊かな土壌が、阿武隈川流域にあるはずだ。
(会田正宣)

[阿武隈川サミット]福島市の提唱で1994年に開始。流域22市町村が水質汚染防止や環境保全、治水など多岐にわたるテーマで意見交換している。


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2019年04月01日月曜日


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