宮城のニュース

<気仙沼大島大橋>開通後も診療継続 大島で唯一の医師、島民と心の橋つなぐ

大島大橋開通後も島に残る森田さん=4日午後6時45分ごろ、大島医院

 宮城県気仙沼市の大島で唯一の医療機関「大島医院」の医師森田良平さん(54)は、7日に気仙沼大島大橋が開通した後も島に残る。「橋ができたら、いなくなるのでは」と心配した島民を喜ばせた森田さん。「まだまだ治さないといけない患者がいる」と気を張る。

 「橋ができたらいなくなるの?」。開通日が近づくにつれ患者から声を掛けられる機会が増えた。その度に「大丈夫。残るから」と応じたが何度も問われるため、医院の入り口に継続を知らせる張り紙もした。
 2017年3月末に前任者が辞めたのを受け、同6月に島に来た。建物などを無償貸与する気仙沼市が、橋開通までは勤務を続ける条件を付けていたのが島民の誤解を生んだようだ。
 首都圏の救命救急センターや整形外科で培った技術と経験を生かし、島民の信頼をがっちりとつかんだ。
 慢性的な膝や腰の痛みに苦しむ患者を何人も治した。評判を聞き、一関市から島に来た人もいた。最初は1日10人程度だった患者も、多い時は100人近く来院するまでになった。
 1人で治療に当たり、休日でも患者から呼ばれれば駆け付ける。24時間態勢で対応する。「熱や痛みで苦しむ人は放っておけない。医者として当たり前だ」と言い切る。
 気仙沼市出身で、実家は市内の開業医。子どもの頃、父親の昭夫さん(故人)が真夜中に呼ばれる姿を何度も見た。
 患者から「お父さんにもお世話になった」と言われることが多い。酒席を抜け出して治療に当たった父の話は何度か聞かされた。
 「東京でも田舎でも、やることは一緒。医者は職人、治すことが仕事だ」。地域医療に尽力する姿勢は、昭夫さんからしっかり受け継いだ。
 家族がいる東京に戻ることができるのは盆と正月だけだ。寂しさは、ほぼ毎日かける電話で紛らわす。
 いつ東京に戻るのか。「島の患者を全員治したらかな。橋を渡り、本土から患者が通ってくるような病院にするのが今の夢」。島と歩む決意は変わらない。


関連ページ: 宮城 社会

2019年04月06日土曜日


先頭に戻る