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<9年目の決断 福島・大熊>(上)「戻る」 森山真澄さん(44)/迷える人の希望に

大熊に戻る思いを語る森山さん=会津若松市の災害公営住宅古川町団地

 東京電力福島第1原発事故で全町避難する福島県大熊町で、大川原、中屋敷両地区の避難指示が10日、解除される。町が復興拠点と位置付ける大川原では役場新庁舎、災害公営住宅といった帰還の準備が整いつつあるが、町民の胸中は一様ではない。「戻る」「戻らない」「戻れない」。9年目の決断に耳を傾けた。(会津若松支局・玉應雅史)

 長かった避難生活に終止符を打つ。会津若松市にある災害公営住宅古川町団地で暮らしてきた森山真澄さん(44)は、少しずつ引っ越しの準備に取り掛かる。
 2013年に結婚し、翌14年から古川町団地で同居を始めた夫の会社員智光さん(41)と共に、6月1日入居開始の大川原の災害公営住宅(50戸)に入ると決めた。会津若松の別の災害住宅で1人で暮らす母の三川千恵子さん(77)も、大川原の4軒隣に入居することになった。家族3人、大熊での暮らしが始まる。

<私の古里>
 森山さんは神奈川県生まれ。両親が離婚し、小学3年の時に母と大熊に来た。母子家庭で、苦労は絶えなかった。帰還困難区域になった熊地区の町営住宅や地域の人たちとやがて親しくなり、地域の優しさに包まれて育った。
 「私の古里は大熊。母も死ぬなら大熊で、と心に決めていた」
 原発事故と8年余の避難生活は、その固い決意を揺るがした。原発が水素爆発を起こしたと避難中のバスの中で知り、「もう駄目かも」と思った。体育館や旅館、会津若松の仮設住宅を転々として気持ちが沈み、鬱(うつ)状態にも陥った。
 古川町団地で落ち着くことができたころ、町の一部で一時帰宅が可能になり、初めて希望が湧いた。
 「大川原を拠点に帰還を目指す町の方針を聞き、初めて安心できた。やっとできた私の古里。帰りたい」

<覚悟の上>
 希望をてこに気持ちを切り替えた。振り返れば、避難生活は学んだことも多かった。人に親切にしてもらい、会話の大切さを知る。
 高齢者が多い古川町団地では、若さを買われて自治会長を務めた。話すことで入居者の不安解消につながった経験は財産。大熊でも生かす。
 大熊では、率先して地域づくりに携わろうと考えている。近所の人と一緒に花を植えてみたい。お茶飲みも楽しみだ。「住民同士のコミュニティーが最も大事だと思う」
 買い物、病院、仕事探し−。いずれも不便は覚悟の上の帰還でもある。「私たちが大川原で前向きに暮らす姿が、帰還を迷っている人たちの希望になればうれしい」。目指すは「究極のおせっかいおばちゃん」だ。


2019年04月07日日曜日


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