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<気仙沼大島大橋開通>つながり未来へ 島の願い50年経て結実

笑顔で気仙沼大島大橋を渡る島民ら=7日午後0時30分ごろ

 海を隔てて目の前にあった本土と島が、真っ白な橋でつながった。7日開通した気仙沼大島大橋。架橋を半世紀にわたり待ち続けてきた宮城県気仙沼市の大島の島民は、喜びに沸いた。親子3代で促進運動に尽力してきた一家は感無量。一方、島民や観光客の足として親しまれてきたフェリーの定期航路は、110年の歴史に幕を下ろした。夜間や東日本大震災時に運航してきた臨時船も役割を終えた。

 気仙沼市の本土と大島を結ぶ架橋構想は、1967年策定の宮城県勢発展計画に初めて盛り込まれた。以来、半世紀。島民が待ちに待った日が訪れた。
 本土側から島に渡った島民らが架橋実現に向けて結成した「浦島会」の小野寺浜子さん(85)は、開通式典後に仲間と橋を歩いた。20年ほど前に仙台市内で署名活動に参加したことを思い起こし「島民の長年の悲願がかない、記念すべき一日になった」と感慨深そうに語った。
 島は東日本大震災の津波に襲われ、山火事も発生。フェリーの運航が途絶えて食料などの救援物資が届かず、離島の現実を突き付けられた。小野寺さんは「震災の時は島が孤立し、絶望的な気持ちになった。橋の開通によって救急搬送の面も改善され、救える命が助かる」と話した。
 「命の橋」は島民の生活も大きく変えそうだ。
 「ようやく大島が離島でなくなる。県外で暮らす娘家族が島を行き来するのが便利になる」。村上つね子さん(73)は大島の亀山展望台から橋を眺め、会える機会が増えると実感した。
 今春から大島を離れ、仙台市内の専門学校に進学する小松愛実さん(18)は「今後は(フェリー出航の)時間を気にせず、ゆとりを持って本土と往来できる」と喜んだ。交流人口の拡大も見込まれ「橋の開通で観光客が増え、大好きな古里が活気づくことを願っている」と期待した。


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2019年04月08日月曜日


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