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<9年目の決断 福島・大熊>(下)「戻れない」/石田忠秋さん(86)/思案 時間との闘い

購入した新居の庭で、大熊から移植したフクジュソウを育てる石田さん=会津若松市

 我慢や苦労が報われる日は来るのだろうか。
 東京電力福島第1原発事故に伴う福島県大熊町大川原、中屋敷両地区の避難指示解除に向けて会津若松市で先月あった町民説明会。2020年4月に大川原の福祉施設が開所予定との説明に、同市に避難する石田忠秋さん(86)は、がっかりした。

<妻を介護>
 介護が必要な妻テツ子さん(79)はデイサービス施設がなければ町に戻れない。しかし、開所するのはグループホームだった。
 2年前に避難指示が先行解除された隣の富岡町にはあるが、「町民優先」とも耳にした。大川原に診療所が開設されるのは2年後。頼りの県立大野病院は帰還困難区域にあり、再開のめどは立っていない。
 原発事故前、石田さんはテツ子さんと大川原で暮らしていた。水頭症を患うテツ子さんは寝たきりで、石田さんが介護してきた。「病人を抱えていない人がうらやましい」。そう感じるほど、車いすのテツ子さんとの避難は大変だった。
 会津若松市の仮設住宅にいた5年前、テツ子さんは市内の病院で水頭症の手術を受けた。手術は成功。要介護度は5から4に改善した。術後、病院近くの建売住宅を購入し、ようやく落ち着くことができた。

<家は解体>
 会津の暮らしは便利だ。施設も多く安心だが、ついのすみかとは考えていない。「家を処分してでも大熊に帰りたい。でも、ばあちゃん(テツ子さん)を連れて帰る環境にはないな」。今回の帰還は見送った。
 介護のほか掃除、洗濯、炊事の一切を担う。70歳まで山仕事をしたから体力には自信がある。とはいえ、車を運転できるうちに帰還を判断したい。浜通りや県外にいる子どもたちのそばで暮らすのが良いのか。さまざまな選択肢を模索する。時間との闘いだ。
 週に5日、テツ子さんがデイサービスに出掛ける日中、車で大熊へ行くこともある。自宅は東日本大震災で大規模半壊となって解体したが、「足が無意識に向く」。変わる町並みを眺めて会津に戻る。意味はない。古里はそういうものだと思っている。
 町民説明会終了後、渡辺利綱町長から申し訳なさそうに声を掛けられた。
 「忠秋さん、あと2、3年だな。頑張っぺな」。大熊の自宅が近所で、事情を知る町長の励ましはうれしかった。だが、3年待てるかどうか。答えは出ない。


2019年04月09日火曜日


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