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<紙幣20年ぶり刷新>渋沢栄一、七十七銀創業に尽力 野口英世出身地は「残念」

金融資料館では渋沢が送った書簡などを展示する
渋沢の肖像を使った「幻の千円札」の試作図案

 平成から令和への改元を前に、国民生活の顔と言える紙幣にも「主役交代」が告げられた。2024年度から新1万円札に描かれる渋沢栄一は実業家として東北経済発展に関わった縁を持つ。千円札から「引退」する野口英世の出身地、福島県猪苗代町からは惜別の声が上がった。
 渋沢は、七十七銀行の創業に尽力した。第一国立銀行を創設した明治初期、東北の開発に強い意欲を持ち、1873年に仙台と石巻に出張所を設立。78年の「第七十七国立銀行」創業の際は、経営指導や人材派遣、出資など支援と助言を惜しまなかった。
 同行本店(仙台市青葉区)の金融資料館では、創業前の76年、渋沢が銀行の理念を示すために関係者に宛てた直筆の書簡などを展示し、業績を紹介する。
 また1963年、渋沢の肖像採用が検討された際の「幻の千円札」の試作図案も展示。初代首相の伊藤博文と採用を争った末に敗れた理由は、偽造防止に必要だったひげが、渋沢になかったためとされている。
 七十七銀の企業理念を記した行是(こうぜ)の「銀行の発展は地域社会の繁栄とともに」という一節に、渋沢の思想は今も生きる。総合企画部の高橋理副部長は「新紙幣が流通すれば一層身近な存在になる。渋沢の理念を再認識し、地域と発展する銀行として今後も歩んでいきたい」と力を込めた。
 一方、野口英世が千円札から姿を消すことについて、猪苗代町の野口英世記念館を運営する公益財団法人野口英世記念会理事長の八子(やご)弥寿男さん(81)は「いずれ代わる時が来るとは思っていたが、こんなに早いとは。残念だ」と話した。
 「世界に名を成した野口が千円札に使われ、外国人観光客が福島に足を運ぶきっかけにもなった」と八子さん。東日本大震災と東京電力福島第1原発事故からの復興途上にある福島のために「あと30年ぐらい続いてほしかった」と言う。
 次の千円札は北里柴三郎になる。「野口は北里先生の研究所で学んでいた。その北里先生が次の顔になることに不思議な縁を感じる。今後は野口と北里先生の関わりを特集した展示などを企画したい」と語った。


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2019年04月10日水曜日


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