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<私の平成 聞き語り>(1)反戦へ 平和運動に心血/東陽写場会長 後藤東陽さん

後藤東陽さん

 平成は、どんな時代だったのか。平和運動、偏見・差別との闘い、漁業、農業、観光に携わった県内の5人に自身の活動を踏まえ、この30年を振り返ってもらった。(5回続き)

◎東陽写場会長 後藤東陽さん(93)=仙台市宮城野区

 1925(大正14)年に生まれ、大正、昭和、平成、令和の四つの時代を生きることになる。よくもしぶとく生き続けた。
 昭和と平成は私にとって正反対のように映る。昭和前半は軍国主義と戦争の時代で、その苦しみがあったからこそ昭和後半は平和に向かった。平成になって、しばらくはその雰囲気が続いたが、平成後半は戦争への道を歩む危険性をひしひしと感じた。

<意見広告を掲載>
 自衛隊のイラク派遣が決まった2003年に流れが変わった。その年、イラク派遣に反対する意見広告を新聞に掲載した。「商売人が政治に口出しすれば、反対意見を持つお客を失う」と悩んだが、戦争経験者として戦争に向かう危険性を分かりながら、商売のために黙っていることはできなかった。
 米国によるイラク攻撃開始から1年となる04年3月には、仙台市内で5000人規模の大集会を開いた。06年には「みやぎ憲法九条の会」を設立。いつの間にか、自分の人生が写真家から反戦運動家に変わった。
 イラク派遣差し止めなどを国に求め、04年に仙台地裁に起こした訴訟は残念ながら敗訴した。07年には陸上自衛隊情報保全隊が派遣に反対する市民、団体を監視していた問題で提訴し、8年半の闘いの末に住民1人に対する監視について、違法性を認めさせた。平成後半の私の主たる仕事だ。

<思想弾圧を想起>
 安倍晋三首相は集団的自衛権の行使を可能とする安全保障法制、国の重要情報の漏えい防止を目的とした特定秘密保護法、犯罪を計画段階で処罰する「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ改正組織犯罪処罰法を、異論がある中、与党の多数の横暴で成立させた。議論を尽くすのが民主主義のはずだ。
 こんな悪法ができればいつでも国民を縛り上げ、戦争に突入することが可能だ。少年時代、国が治安維持法を拡大解釈し、思想弾圧に利用したのを思い出す。
 平成が終わろうとする中、安倍首相は現行憲法を変えようとしている。憲法に縛られるべき立場の政府が、自らの都合の良いように憲法を変えるのはおかしい。災害時などに政府権限を強化する緊急事態条項も実現すれば、時の首相は何でもできるようになる。
 戦争放棄と戦力不保持を記した9条のような項目がある憲法は世界中のどこにもない。日本が戦争のない時代となって、まだ70年余りしかたっていない。令和の時代も憲法を守り、自衛隊員が一人も戦死することのない、戦争のない世界になってほしい。(聞き手は報道部・小木曽崇)


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2019年04月25日木曜日


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