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<平成の東北・30年の軌跡>(7)自治/市町村数4割以上減少 「大合併」理念よりも弊害

東北最多の10町村合併で誕生した栗原市。調印式では首長がずらりと並び、協定書に署名した=2004年6月
在任特例で日本一のマンモス議会となった大仙市。議員数は当時の東京都議会を上回った=2005年3月

<舞台大きく変貌>
 平成の30年で地方自治の舞台は大きく姿を変えた。
 1999年4月、旧合併特例法の改正を契機に始まった「平成の大合併」。特例法適用期限の2010年3月までに、東北6県では400あった市町村数が228に約4割も減少した。
 東北の合併第1号は01年11月、大船渡市による岩手県三陸町の編入だった。記念式典で、当時の甘竹勝郎市長は「合併は時代の先取り」と意義を強調した。
 新設合併は03年4月、宮城県中新田、小野田、宮崎3町による加美町の誕生が最初となった。当初、市昇格を前提に色麻町を含む4町合併を模索したが、同町は合併協議から離脱した。
 42の新市町が発足した05年が合併のピークだった。宮城県では東北最多の10町村合併で栗原市が誕生。山形県では鶴岡市と周辺5町村の合併で、東北最大の面積の新鶴岡市が生まれた。
 青森県の津軽半島では飛び地合併が相次いだ。五所川原市は中泊町の北に旧市浦村の飛び地、中泊町は旧市浦村の北に旧小泊村の飛び地を抱えた。外ケ浜町は今別町を挟んで誕生した。

<東京都を上回る>
 秋田県では「日本一のマンモス議会」が注目された。大曲市と7町村の合併で新設された大仙市は、旧市町村議の在任特例で市議が136人になった。当時の東京都議数を上回り、文化センターを議場に使った。
 新市名や本庁舎の位置を巡り、合併協議が紛糾した地域もあった。能代市など7市町の「白神市」、宮城県柴田、村田、大河原3町の「さくら市」、一関市など9市町村の「平泉市」はいずれも幻に終わった。
 地方分権の受け皿にふさわしい行財政基盤の確立を目指し、国が推し進めた平成の大合併。理念とは裏腹に、新自治体で周縁部となった地域では人口流出や過疎化が深刻さを増し、合併の弊害が顕在化している。
 06年の大崎市発足まで、宮城県鹿島台町長を務めた鹿野文永さん(83)は「確かな地方政府をつくることが合併の狙いだったが、現状はほど遠い。地域を輝かせる気概や企画力のある首長も少なく、地方自治は劣化している」と指摘する。


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2019年04月25日木曜日


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