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傷ついた古里盛り上げる 大橋開通機に気仙沼大島移住の元JR運転士、大型連休に初イベント

旧浦島小の裏山にハンモックを設置する斉藤さん

 宮城県気仙沼市の大島と本土を結ぶ気仙沼大島大橋の開通を機に、JR東日本の運転士だった男性が島に移り住んだ。同市出身の斉藤仁さん(55)。東日本大震災で傷ついた古里を元気づけようと、手探りの地域おこしを始めた。
 斉藤さんが島に移住したのは3月下旬。同市外畑にあった築50年の2階建ての空き家を購入し、妻由理さん(55)と暮らす。本土まで車で買い物に行けるようになり、不便は感じない。近くの田中浜を散歩すると、島民から声を掛けられるようになった。
 「緑の真珠と言われる島だけに自然はきれい。人も温かいし、宝の宝庫。一度離れると古里の魅力に気付くよ」と表情が緩む。
 一関商工高卒業後、旧国鉄に就職。山手線や京浜東北線、東北線など首都圏で運転士を務め、埼玉県久喜市に自宅を建てて長女(28)、長男(24)を育てた。
 震災時は都内でフットサルを楽しんでいた。クラブハウスのテレビで、実家があった気仙沼市潮見町周辺を津波が襲う光景を見た。
 実家は全壊。家族は無事だったが「人生観が変わった。古里のために何かしたいと思うようになった」。震災当時の気仙沼の写真を集め、久喜市で写真展を2度開いた。
 2人の子どもが社会人となり、地元に戻る決意をした時、ふと思い浮かんだのは大島大橋だった。
 子どもの頃に海水浴を楽しんだ大島は、昔から大好きな場所。「海の近くがいい」と話していた由理さんの要望にも応えられる。橋の開通に合わせた島暮らしのスタートを決め、昨年末に早期退職した。
 「地元に戻ったら島や気仙沼の魅力を観光客に伝えたい」と考えていた斉藤さんは、早速動きだした。
 橋の本土側近くにある閉校した旧浦島小の校庭を活用し、28、29の両日と5月3〜5日の計5日間、地元の仲間と協力して催しを開く。アマチュアバンドの演奏や魚介の浜焼きを提供する出店もある。学校の裏山に購入した小さな土地にはハンモックを設置し、休憩場所を確保した。
 初めてのイベントで不安もあるが「人生一度きり。できるうちに、やりたいことをやらないと」。古里を盛り上げたいという気持ちでいっぱいだ。


2019年04月28日日曜日


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