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<新元号「令和」>万葉が薫る 家持の歌碑 柳津虚空蔵尊の鵲橋 宮城・登米 あす除幕

大伴家持の歌碑が建立される鵲橋

 新元号「令和」の出典となる万葉集の編者の一人、大伴家持が和歌を詠んだと伝わる宮城県登米市の柳津虚空蔵尊(こくぞうそん)に、改元記念の歌碑が建立され、5月1日に披露される。奈良時代から約1300年続く寺は近年、縁結びの御利益で知られる。碑に刻まれる歌は家持の晩年の恋から生まれたとされ、縁結びのパワースポットとしての人気が、令和になってさらに高まりそうだ。

 家持は、令和の出典の梅花の歌「初春令月、気淑風和」の作者、大伴旅人の子で、三十六歌仙の一人に数えられる。60代だった782年、陸奥按察使(あぜち)兼鎮守将軍として多賀城に赴いた。
 <鵲(かささぎ)の渡せる橋におく霜の 白きを見れば夜ぞ更けにける>(新古今和歌集)
 柳津虚空蔵尊によると、この歌は、多賀城に赴任した家持が寺で美しい女性と出会った後、庵(いおり)を結んで密会を重ねていた時期に、境内の「鵲橋」の上で詠んだとされる。
 現代語訳では「(鳥の)カササギが架けた天の川の橋が、霜の降りたように白くなったのを見ると、夜も更けてしまったなあ」という意味になる。遠く離れた宮中の情景をしのぶ思いも込められたとされ、百人一首に収められている。
 歌碑は言い伝えが残る橋のたもとに建立された。5月1日午前10時から除幕式があり、「令和」の御朱印も授与される。
 柳津虚空蔵尊の杉田史(ふみ)さん(46)は「都から離れた東北で、七夕伝説にもつながる美しい歌が詠まれた。口伝が残るだけだったので、歌碑を建てたいと思っていた。参拝者に万葉の世界を味わってもらいたい」と話す。
 梅花の歌にちなみ、1日は天皇、皇后両陛下の料理番を長年務め、東日本大震災の被災地支援も続ける高橋恒雄さんが手掛けた「梅のスイーツ」を、寺のカフェで数量限定販売する。連絡先は柳津虚空蔵尊0225(68)2079。


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2019年04月30日火曜日


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