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<震災8年2カ月>古里の南三陸で鮮魚店再開 名物の「煮ダコ」も再び

笑顔で接客する邦昭さん(右端)と悦子さん(中央)

 東日本大震災で被災した三浦邦昭さん(70)が今春、念願の鮮魚店を故郷の宮城県南三陸町志津川で再開させた。「もう一度古里で看板を掲げたい」。津波で店舗と自宅を失って登米市に移住したものの、妻の悦子さん(65)と共に8年越しの夢をかなえた。

 店舗は「ヤマナカ三浦魚店」。10メートルかさ上げされた南三陸町志津川の造成地で4月に開店した。「地元の風は気持ち良い。戻って来ることができてうれしい」。邦昭さんが目を細める。
 創業約70年の鮮魚店の2代目。町内にあった自宅兼店舗は濁流にのまれた。震災2週間後に登米市内のアパートに移り住んだが望郷の念だけが募ったという。
 気落ちしていた邦昭さんを救ったのは、知人に頼まれた魚の買い付けの仕事だった。軽トラックに刺し身などを積み込み、週2回、南三陸町の被災者が暮らす登米市内の仮設住宅や住宅街を巡回。邦昭さんが町の市場で魚を仕入れ、悦子さんが販売を担った。
 当初は防災集団移転事業で故郷に自宅を兼ねた店舗を再建させようとも考えたが、タイミングが合わず断念。2014年に登米市内で新居を購入した。現在、車で30分近くかけて店に通っている。
 店舗再開までには迷いもあった。障害となったのは夫婦の年齢。将来の生活設計などを巡り、夫婦げんかを繰り返した。悦子さんは「この先10年、走り切れるかどうかを考えた」と振り返る。
 震災後、南三陸を離れた住民も少なくない。「この地で商売が成り立つのか」。踏ん切りがつかないでいた邦昭さんの背中を押したのは、悦子さんの一言だった。「2人なら何とかなる」。昨年決断し、開店準備を急いだ。
 店の売りは邦昭さんが作る煮ダコ。タコを羽釜でゆでてうま味を引き出す。かつて一緒に店を営んでいた亡き母から製法を引き継いだ。町内では「名人」と称するファンもいるという。
 店舗再開後も週1回、登米市内を中心に移動販売を続けている。これまで支えてくれた顧客への恩返しのつもりだ。
 「一旗揚げようとは思っていない。町に戻り、商売ができるだけで幸せ」と邦昭さん。町民が気軽に足を運べる「昔ながらの魚屋さん」を目指し、夫婦二人三脚で新たな歩みを続ける。


2019年05月12日日曜日


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