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明治の関山街道爆発事故 宮城、山形の地域団体が犠牲者を追悼 先人に感謝し親交誓う

山形県側の碑に手を合わせ、事故の犠牲者を追悼する参加者=東根市関山

 明治初期、宮城、山形両県を結ぶ関山街道(国道48号)のトンネル(関山隧道(ずいどう))工事で起きた爆発事故の犠牲者を追悼しようと、沿線の地域団体メンバー22人が、両県にある殉難碑を訪ねて霊を慰めた。
 関山街道フォーラム協議会(仙台市)や山口地域づくり委員会(天童市)、関山街道保勝会(東根市)などの会員が参加。一行は今月3日、仙台市青葉区作並の事故現場近くにある碑に献花し、冥福を祈った後、山形側の東根市関山に立つ碑に手を合わせた。
 爆発事故は、関山隧道を含む旧道の着工間もない1880年7月に起き、二十数人が死亡した。トンネル掘削用の火薬を運搬中、作業員のたばこの火が引火したのが原因という。
 旧道は初代山形県令・三島通庸(みちつね)の指揮で建設が進められ、事故の2年後に開通。現在の国道48号関山トンネルが完成する1968年まで、仙山圏の大動脈として経済振興や文化交流に貢献した。
 天童、東根両市、山形県村山総合支庁でつくる関山街道地域間交流推進会議が初めて主催。旧道や、江戸期に往来のあった「峰渡り」と呼ばれる尾根伝いの険しい古道を歩いた。
 関山街道保勝会の清野富治会長(76)は「先人の労苦に思いをはせる機会になった。街道でつながる3市で親交を深め、手を携えていきたい」と話した。


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2019年05月16日木曜日


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