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<名取・閖上まちびらきに思う>(上)閖上地区まちづくり協議会代表世話役 針生勉さん(56)/安全安心、復興を形に

まちびらきに向け、検討を重ねる針生さん。「亡くなった方々に胸を張れる閖上でありたい」と願う

 東日本大震災の津波被害を受けた宮城県名取市閖上地区で、犠牲者の鎮魂と復興支援への感謝を発信する「まちびらき」が26日、閖上公民館を主会場に行われる。復興まちづくりに奔走した住民団体代表、新たなコミュニティーづくりを模索する町内会長、なりわい再生の旗を振る漁業者。まちびらきを支える人々の思いを紹介する。
(岩沼支局・小沢一成)

 「復興は遅れたが、やっとここまでたどり着けた」。閖上の復興計画を住民主体で考える「閖上地区まちづくり協議会(まち協)」代表世話役の針生勉さん(56)は感慨に浸る。
 まち協は2014年5月、閖上に戻る意向の住民全てを会員として発足。現地再建を基本とした閖上の復興は住民の合意形成などが難航し大幅に遅れていただけに、当初3年は週1回ペースで会合を重ね、市の担当職員も交えて良好な住環境の実現を議論した。

<方針 大半が採用>
 「行政だけに街をつくらせると不平不満が出る。住民の思いを反映させるべきだ」。まち協は14〜18年度に計7回、道路や公園、災害公営住宅の在り方や街並み形成の方針などを市に提案し、大半が採用された。
 多賀城市出身で会社員の針生さんが閖上の復興まちづくりに注力したのは、被災経験が大きい。勤務先が名取市内だった縁で1998年、閖上大橋近くの閖上新町頭に新居を構えたが、津波で自宅は床上浸水し、大規模半壊となった。
 「いっそ流されれば良かった」。最低限の修繕をして震災の約3カ月後に再び自宅で暮らし始めたものの、支援物資は届かず、周囲の生活基盤もずたずた。避難所や仮設住宅との「支援格差」に直面し「借金と不安を抱えた」と苦悩した。

<課題に向き合う>
 まち協の設立準備段階から参加したのは「素直な思いを伝え、住みやすい閖上にしたい」と願ったから。当初は「まちづくりの『ま』の字も知らないど素人」だったが、「自分のことだから」と正面切って地域課題に向き合った。
 閖上地区では災害公営住宅をはじめ、道路や公共施設などが次々と完成。約1200人が現地再建し、復興が形となりつつある。「先行した被災地の良いところを取り入れ、安心安全で便利な街になった。後出しじゃんけんは負けない」。まちびらきで魅力を存分にアピールする。


2019年05月23日木曜日


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