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<仙台いやすこ歩き>(100)お米作り/科学が土台感覚も大事

 「あ〜ぁ、私たちヌケてる」「ほんと、肝心なところなのに」。そうなのだ。いやすこはおにぎり屋さんも酒蔵も回ったのに、大切なお米作りの現場に行っていなかったのだ。
 季節はぴったり。田植えの頃だろうと向かったのは仙台市泉区西田中。青葉区中山や泉区館のニュータウンも過ぎると、やがて田んぼの広がる里山の風景が見えてくる。どこかほっとする景色だ。元仙台農協に勤めていた舛谷(ますや)純一さん(66)に案内され、代々農業を営む鈴木孝之さん(51)宅へ。迎えてくれた鈴木さんは4代目だそうだ。
 早速見せてくれたのはビニールハウスで育てられている苗。3月に種もみを水につけ、選別し、お湯で消毒したものをハウス内の苗代で育てているのだが、元気に成長し、ふわふわと浅黄色のじゅうたんのよう。
 このところ暑かったり寒かったりが激しかったが、今の時期、低温障害より高温障害の予防が難しいのだそう。「苗は、人間でいえば赤ちゃんを育てるような時期で、苗が田んぼまで行ったらひと安心、あとは気候です」と鈴木さん。
 苗たちが田んぼへ行くまでにも、まだまだ仕事がある。田を起こし、水を張り、代かきを2回、そうして約1週間後に田植えとなるのだそうだ。「今年は雪が足りなかったから、ここ何日かの雨で助かった。何といっても百姓は水ですから」と日焼けした顔をほころばせる。
 西田中・根白石は、泉ケ岳の東麓で、七北田川の上流域。雪解け水が伏流水となって潤される大地であり、だからこそ連綿と稲作が伝えられている。気温が安定したところで田植えをすると根付きが良いそうで、舛谷さんは「寒いと根が張らない。稲は温度をきちんと付けていると管理できる、農作物の中では最も科学されている作物なんです」。そうした中、温度計は使うが、やっぱり最後は自分の感覚を大切にしている鈴木さん。
 農作業の続きに向かう鈴木さんに付いて行く。1町歩(約100メートル×100メートル)という大きな田を、トラクターに乗って田起こしする。起こされた土は黒々と光り、力をみなぎらせる。こっちもワクワクしてくる。
 全部で約10町歩。半分は「ひとめぼれ」、半分が酒米の「山田錦」と「蔵の華」だそうだ。「ええっ、お酒を造るお米は違うんだ」とビックリまなこの画伯。本当に知らないでいたことがいっぱいだ。
 田植えともなれば一家総出で、鈴木さんご夫妻、おじいちゃんおばあちゃん、息子さんご夫婦の協力で5〜6日かけて行うそう。農業の魅力を「自然は手をかければ正直に返してくれること」と話してくれた鈴木さん。それでも出穂時期になると午前5時半に田んぼへ、稲穂が無事に出ているか心配で見に行くそうだ。
 取材から半月たって西田中を通ったら、田植えされたばかりの風景が広がっていた。美しい風景に見とれていると、ふと、舛谷さんから聞いた話がよみがえる。「東京に行った際、仙台には農業あるんですかって言われたんですよ」。おっとどっこい、農業はこんなにもみずみずしく豊かに生きている。
 秋には、あの苗たちが豊かに実った姿を見にまた来よう!

◎種もみ1粒から2000粒生産

 お米は稲の果実であるもみから外皮を取った粒状の穀物。稲の原産地は中国で、日本での稲作は縄文時代中期から始まり、水田栽培が本格的に始まったのは縄文時代晩期からとされる。宮城県内の縄文遺跡からも、もみ殻の圧痕が付いた土器が出土している。
 「米」という漢字は、八十八の作業が必要なところから生まれたとも。
 弥生時代には種もみ1粒から生産される量は400粒ほどだったが、現在では、品種改良や水田開発によって1粒当たり2000粒まで生産量は上がっている。
 宮城県古川農業試験場で誕生した品種としては「ササニシキ」「ひとめぼれ」、今年3月にデビューした「だて正夢」などがあり、中でもひとめぼれは各地で栽培され、全国で第2位の作付面積である。
 これらはいずれも食べる飯米用で、この他に醸造用の酒米(酒造用米)として宮城県初の酒造好適米「蔵の華」が蔵元や古川農試、農家の人々の協力によって誕生し生産されている。
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 土地には、その土地ならではの食があります。自他共に認める「いやすこ(仙台弁で食いしん坊のこと)」コンビ、仙台市在住のコピーライター(愛称「みい」)とイラストレーター(愛称「画伯」)が、仙台の食を求めて東へ、西へ。歩いて出合ったおいしい話をお届けします。
=次回は6月10日掲載=


2019年05月27日月曜日


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