宮城のニュース

<旧優生保護法国賠訴訟>解説/不作為問わず国に配慮

 旧優生保護法を巡る一連の訴訟で初の仙台地裁判決は、旧法下の優生手術の違憲性を前提に救済措置を怠った国の立法不作為を指摘しながら、国会で救済の必要不可欠性が明白ではなかったとして賠償責任を免じた。矛盾するようにも見える判断には、司法の立法権への配慮が垣間見える。
 子を産み育てるかどうかを意思決定する権利(リプロダクティブ権)を永久に奪う優生手術は憲法の根幹と言える基本的人権の侵害で、司法の役割からして違憲判決は既定路線だった。
 判決は憲法下の司法権と立法権の関係を強調した。具体的な救済制度の構築は「国会の合理的な立法裁量に委ねられる事柄」とし、国会で救済の必要不可欠性が明白と認められない場合は立法不作為は違法とならない、とする判例の判断枠組みを踏襲した。
 仮に立法不作為を違法と認めて賠償を命じた場合、司法が立法裁量に踏み込まざるを得ない場面が生じる。前例がないわけではない。ハンセン病や薬害肝炎の問題は、司法判断を受けて救済制度の整備が進んだ。
 除斥期間の規定が優生手術に適用されないとしても、数十年前に受けた手術の立証は困難を極める。被害者は高齢化しており、時間の経過とともに救済は難しくなる。補償立法の策定を放置し続けた国の責任は、他の立法不作為が問われた訴訟より際立っていた。
 本来なら訴訟に至る前に何らかの救済を目指すべき問題だ。判決を前に救済法が成立したとはいえ、深刻な人権侵害を看過した国の不作為に賠償責任を問えないとした地裁の判断には苦心の跡がうかがえた。ただ、優生思想に抑圧され、声を上げることさえままならず、司法に救済の道を託した被害者の期待を裏切る結果となった。(報道部・横山勲)


関連ページ: 宮城 社会

2019年05月29日水曜日


先頭に戻る