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<東京五輪 有望選手に迫る>張本智和(卓球男子) 強心臓と郷土愛が原動力

卓球アジア杯で中国選手と対戦、ポイントを奪い、雄たけびを上げる張本=4月、横浜市

 56年の時を経て、再び五輪が日本にやってくる。世界最大のスポーツイベントは社会を変える。開幕は2020年7月。出場を目指す選手は何を思い、周囲はどう支えるのか。東北出身の有望選手に迫った。
(2020年東京五輪取材班)

<生粋の仙台っ子>
 初の10連休となった今年のゴールデンウイーク、張本智和(15)=木下グループ=は故郷仙台にいた。
 カラオケボックス。小学校からの友人と一緒にマイクを握った。正月に帰省した時はボウリングに興じている。世界ランク4位の日本のエースも、ラケットを置けば普通の高校生だ。
 故郷への愛は強い。子どもの頃からプロ野球東北楽天の大ファン。父の宇(ゆ)さん(49)とスタンドから声援を送った。家族でよく足を運んだのは宮城県松島町にあった水族館。ペンギンが一番のお気に入りだった。
 かつては宇さんは中国のプロ選手、母の凌(りん)さん(46)は中国の代表選手だった。1998年にコーチとして仙台に来た。03年に生まれた張本は生粋の仙台っ子だ。
 そんな張本が、故郷を離れざるを得なかった時期がある。
 8年前の東日本大震災。まだ小学1年生。「記憶はうっすらしかないが、揺れが怖かったことだけははっきり覚えている」。家族に被害はなかったが、事態は思わぬ方向へ向かった。
 東京電力福島第1原発事故で、中国大使館は被災地の華人に一斉避難を呼び掛けた。張本一家もバスで新潟へ向かう。県内の知人宅に2泊し、新潟空港から中国へ。父の故郷である四川省綿陽市へ身を寄せた。
 張本自身は中国語を解する。でも、四川省に友達はいない。楽しみは宇さんとする卓球だけ。
 「仙台に戻りたい」。望郷の念が募った。

<大の負けず嫌い>
 2歳で始めた卓球が面白くなり始めた頃でもあった。震災の前年、当時所属していたクラブの女子チームが全国ホープス大会を制した。男子も続こうとチームメートと意気込んでいたときの激震だった。
 仙台に戻ったのは1カ月後。その年の8月、上級生と出場したホープス大会で初優勝を飾っている。
 試合に負ければ人目をはばからず号泣するほどの負けず嫌いだ。勉強だって人には負けたくない。ゴールデンウイークも、カラオケの後は自宅で机に向かった。「そろそろ寝たら」。凌さんが声を掛けても「僕は卓球をしているからみんなより遅れている。余裕がないんだ」。意に介さない。
 強い精神が張本の心棒だ。リオデジャネイロ五輪男子シングルス銅メダルの水谷隼(29)=木下グループ、青森山田高−明大出=は証言する。
 「試合前『今から勝ってきます』って先輩に平気で言えてしまう自信がすごい。僕にはできない」
 強心臓と郷土愛を原動力に、東京五輪の金メダルを目指す。4月、東北楽天のホーム開幕戦。始球式を務めた後に誓った。
 「イーグルスのように、地元の皆さんを勇気づけられるプレーをしたい」


2019年06月01日土曜日


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