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<原発・福島のいま>「負の遺産」活用 町民参加のまちづくりを 渡辺利綱大熊町長に聞く

 わたなべ・としつな 福島県大熊町出身。宮城県農業短大卒。大熊町議会議長を経て2007年の町長選で初当選。3期目。71歳。

 原発事故による避難指示が解除された福島県大熊町の大川原地区で、災害公営住宅の入居が始まった。復興まちづくりは緒に就いたばかりで、今後正念場を迎える。渡辺利綱町長にまちづくりの考え方を聞いた。(聞き手は会津若松支局・玉應雅史)

 −かつて水田地帯だった大川原を復興拠点として役場新庁舎、災害住宅を整備した理由は。
 「比較的放射線量が低く、農地だったため整備しやすかった。役場新庁舎を置き、町全体の復興の足掛かりにする」
 「中心部は事故前と同様にJR大野駅周辺だ。除染とインフラ整備を一体的に行う特定復興再生拠点になったが、その整備を待っていてはさらに時間がかかってしまう」

 −役場のほかに福祉、商業施設などを整備する大川原と大野駅周辺の二つの拠点ができることになる。
 「大川原は福島県富岡町との境にあり、中心部にするには片寄っている。福祉施設は将来、中心部の県立大野病院再建計画が明確になった段階で病院周辺に集約し、大川原の福祉施設は転用する。そのため町単費で整備する」
 「課題は今後、具体的なまちづくりに住民が参加する仕組みを作ること。避難生活が続く中では、計画策定を行政主導で進めざるを得なかった。住民も町への愛着が深まるはずだ」

 −町人口ビジョンで大川原は2027年度に3000人の居住を目標にする。
 「帰還住民以外に、廃炉などに携わる企業や研究機関の従事者ら町外からの2000人を見込む。世界から廃炉技術の視察が今後増える可能性がある。負の遺産だが、何とか活用しなければならない。過大な目標ではないと考える」
 「町外からの住民、既に居住している東京電力社員700人と町民とのコミュニケーションも課題だ。ただ大熊は東電と長年共生し、外の人を受け入れてきた歴史がある。町の成り立ちからして、住民の融和は悲観的には捉えていない」


2019年06月02日日曜日


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