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“荒浜の絆”から“移転先の交流”へ「お茶っこサロン」4年目 仙台の主婦、夫の遺志継ぎ活動

ウクレレの演奏を楽しむサロンの参加者=5月16日、仙台市若林区なないろの里2丁目

 東日本大震災で被災した仙台市若林区なないろの里2丁目の主婦庄子千枝子さん(75)が自宅で開く「ちょっとお茶っこサロン」が6月で4年目に入った。震災前に暮らした同区荒浜の仲間と絆を確かめ合う場だったが、最近は震災後に出会った人との交流の場にもなっている。昨年末、サロンを応援してくれた夫の正さんを亡くした庄子さん。その遺志を継ぎ、息の長い活動を目指す。

 サロンはお盆と重なる8月を除き、毎月第3木曜に開催する。参加費は100円。毎回25〜30人が自宅に集まり、ウクレレやピアノに合わせ「荒浜音頭」「花は咲く」を歌ったり、おしゃべりに花を咲かせたり、体操をしたりしている。
 庄子さんは荒浜の自宅を津波で失った。市内のみなし仮設住宅で約4年半を過ごし、2015年12月に集団移転先のなないろの里2丁目に自宅を再建。「もう一度、大変な思いをした仲間と集まりたい」との思いが募り、半年後、自宅を開放し、サロンを始めた。
 当初、参加者は荒浜出身者が大半を占めたが、回数を重ねるうち、移転先の周辺住民が少しずつ増えた。若林区荒井の佐々木勝子さん(77)もその一人。「同年代の人と、たわいもない話ができることが何よりの楽しみ」と語る。
 サロンの存続が危ぶまれた時期もあった。昨年12月、クリスマス会を開く直前に正さんが75歳で他界し、庄子さんは落ち込む日々を送った。元気を取り戻したきっかけは、正さんの生前の言葉だったという。
 「サロンはずっと続けてほしいな」。にぎやかな雰囲気が大好きだった正さんは、事あるごとにそう語っていた。周囲の助けも得ながら、今年1月に再開に踏み切った。
 庄子さんは「新天地に少しずつなじみ、受け入れられた3年間だったと思う。いつでも誰でも受け入れる場所として、この先もサロンを変わらず続けたい」と笑顔を見せた。


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2019年06月03日月曜日


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