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夢野久作の未発表書簡見つかる 大崎出身の作家・佐左木俊郎宛て

夢野が佐左木に宛てた3月23日付の書簡

 日本探偵小説の三大奇書の一つとされる長編「ドグラ・マグラ」(1935年刊)を著し、今なお人気が高い夢野久作の未発表書簡2通が、仙台文学館(仙台市青葉区)で見つかった。宛先は大崎市出身の編集者・作家の佐左木俊郎。当時の作家と編集者の交流が浮かび上がる貴重な文学資料だ。

 書簡は、札幌市に暮らす佐左木の子孫から同館に寄託された遺品241点の中にあった。32年3月23日付の便せん2枚と同4月12日消印の13枚。末尾に夢野の法号「杉山萌円」の署名が見える。
 前者では、後に「ドグラ・マグラ」となる長編のタイトルを「脳髄は物を考える所には非(あら)ず」としたい旨を伝え「私の書きますものは田舎臭く不調法なのは申すまでもなく、総体に変鬱(うつ)で重苦しいと皆申しますから、目下の傾向ではトテモお役に立つまいとは存じますが」と謙遜する。
 後者では佐左木が創刊した「探偵クラブ」の編集同人に加わるのを喜んで了承することや、佐左木に贈ったスズメの画帳の話題などがつづられている。
 同時期に佐左木が夢野に宛てた書簡は福岡県立図書館の所蔵資料に現存し、既に6通が公表されている。今回の2通で実際のやりとりが判明した。
 刊行中の全集の編者の1人で文芸評論家の川崎賢子さん(栗原市出身、東京都)は「双方を突き合わせることで創作のプロセスが見えてくる」と往復書簡に注目。「夢野を早くから評価し、後押ししたのが佐左木だった。深い信頼関係にあり『ドグラ・マグラ』の完成稿にもずいぶん関わったはず」とみる。
 佐左木は新潮社の編集者で、夢野から「ドグラ・マグラ」となる原稿約1000枚を預かり、出版に尽力したが病で早世した。
 書簡は、佐左木の作品集を刊行するため仙台文学館の寄託資料を共に調査していた仙台市の出版社荒蝦夷(あらえみし)代表の土方正志さんと、大崎市出身で佐左木の縁戚でもある北海道大出版会相談役の竹中英俊さん(神奈川県)が発見した。
 夢野ワールドに少年時代から親しんできた土方さんは「宮城生まれの佐左木を追う中で夢野の直筆に出合うとは思いもせず、とても驚いた。大作の成立過程に触れることができてうれしい」と話す。

[夢野 久作](ゆめの・きゅうさく) 1889〜1936年。福岡市出身。本名杉山泰道。怪奇・幻想ミステリーのほか詩や短歌も残した。没後80年の2016年に「定本夢野久作全集」(国書刊行会、全8巻)の刊行が始まった。

[佐左木俊郎](ささき・としろう) 1900〜33年。大崎市出身。編集者の傍ら作家として農民文学「黒い地帯」「熊の出る開墾地」や探偵小説を発表した。河北新報にも「明日の太陽」を連載した。


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2019年06月04日火曜日


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