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<岩手・宮城内陸地震11年>適少を求めて(上)栗駒耕英開拓2世 地域活力復活の道探る

「両親が世話になった耕英の活性化に貢献したい」と話す宍戸さん

 栗原市の中山間地などが大きな被害を受けた岩手・宮城内陸地震から14日で11年が経過した。この間、最大被災地の栗駒耕英と花山では、加速した過疎化、高齢化に適応する「適少」な暮らしへの模索が続く。生活の足、なりわい、地域自治など両地区が抱える課題を探った。(若柳支局・古関一雄、栗原支局・門田一徳)

 栗原市栗駒の開拓地である耕英地区は、市が4月に導入した「乗り合いデマンド交通」の対象外区域になっている。住民を乗せるタクシーの運行を請け負う事業者がいないためだ。

<生活の足に不安>
 内陸地震後、高齢化と過疎化が進み、生活の足の確保は切実な問題となり、一部住民からは不安の声が上がる。区長の農業斎藤英志さん(69)は「今後、運行の具体的な見通しもない。地域活力のさらなる減退が心配だ」と話す。
 耕英地区は、1年を通じて暮らす人もいれば、冬は山から下りて平地に住む人もいる。住民登録する世帯数は30だが、実際住んでいるのは山に戻る人が多い夏でも17世帯ほどだ。
 斎藤さんは「地震からの復興を支えた開拓2世は70代にさしかかっている」と将来を不安視する。
 一方、地区の衰退にあらがう変化の兆しもある。定年退職後に耕英に通って農業に挑戦する人やUターン移住者が出始めている。
 中でも宍戸寿雄さん(63)は異色の存在だ。「地域の活性化に貢献したい」と2018年4月、43年間離れていた耕英に戻った。両親が残した土地に住居を建て、喫茶店などを開く計画を秘める。
 週のうち3日は耕英を留守にして、定年退職した仙台の大型トラック車体製造会社で営業支援スタッフとして働く。耕英では温泉宿泊施設で夜勤に就き、残りは主に地区振興協議会の仲間らと地域活動に充てる。最近は観光資源のイワナの養魚場に通い、取水パイプの敷設を手伝っている。

<イワナ養殖継続>
 養魚場を営む数又貞男さん(67)は震災後、湧き水の水量不足に悩まされた。イワナの大量死に見舞われたこともある。
 水不足を解消しようと、沢から水を引くパイプは1キロに及ぶ。数又さんは「一人では手に負えなかったので応援はありがたい。父から受け継いだイワナ養殖。諦めずに続けていく」と話す。
 宍戸さんが目指すのは、地域の活力を復活させ、観光客増加に結び付けることだ。栗駒山の観光客の入り込み数は17年が15万人。東日本大震災後は増加傾向にあるが、内陸地震の前年の07年の75万人には遠く及ばず、現状は厳しい。
 それでも宍戸さんは「足元の地域に働き掛け、地域の輪を密にしていくことで活路が見いだせるはずだ」と強調する。


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2019年06月15日土曜日


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